「聴こえるか?杉本さん。珍しい音だぞ。」
「‥‥。」
「犬よりも太くて、長く続く遠吠え。狼のものだ。」
「大きな白い狼がアシリパさんを守るのを二度見た。どういう関係なんだ?」
「そうか‥やはりあの遠吠えは、レタラだったか。」
「あの狼は、アシリパとその父親が山へ狩りに行った時、ヒグマに襲われているのを見つけて拾ってきた。小さい雪だるまのようだったから、白いという意味でレタラと名付けた。」
「いつも一緒だった。父親が殺されたあとも、アシリパは、レタラとふたりきりで山へ行った。だが、ふたりは生きる世界が違ったのだ。その日も今夜のような遠吠えが風邪に乗ってアシリパたちに届いた。」
「遠吠えだ‥。レタラ‥これはおまえの‥ダメだ!聴いちゃダメッ!」
「クーン」
「ダメだ。待て!止まれ!小屋に戻れ!レタラ!」
…あいつは、飼い犬にはなれなかった。誇り高きホロケウカムイだから…
「レタラ!行くな!戻って来いレタラ。おまえも、私をひとりにするのかッ。わあああああああ。行かないでレタラ‥アチャ(お父さん)」
『ゴールデンカムイ』アシリパと誇り高きエゾオオカミ・レタラの物語です。
ニホンオオカミは、かつて日本の本州・四国・九州の山野に、数多く生息していました。
ニホンオオカミは、ハイイロオオカミの亜種で、体長1m・肩高55㎝程と、オオカミとしては小柄です。
生態については、不明な事が多いですが、古い文献や伝承からの推測により、山麓に拡がるススキの原等にある岩穴を巣として、2~10頭位の群れを形成していたとされています。
主な獲物はシカですが、時折、人里までおりてきて、家畜等を襲う事もあったようです。
御存知の通り、残念ながら、ニホンオオカミも、人の力により絶滅をしてしまいます。
絶滅については、いくつかの要因が考えられています。
農家が多かった日本においては、畑を荒らすシカやイノシシを退治してくれるオオカミは、古より、守り神的な存在でした。
実際、オオカミを祀った神社も存在します。
しかし、海外から「狂犬病」が持ち込まれた事で、ニホンオオカミは危険な猛獣とされてしまいます。
当時、著しく発達していた鉄砲の標的となってしまいます。
さらに、鉄砲はシカ等の狩りにも使われ、オオカミの食物をも奪っていきます。
また、明治以降の開発の進行により、ニホンオオカミの生息地であった自然豊かな環境が、次々と失われていきます。
これに加え、外来のイヌが持ち込んだイヌの伝染病である「ジステンパー」の流行も、オオカミを弱らせていきます。
どれも決定的な要因とまではなりませんでしたが、これらの要因が複合的に重なり合い、日本の生態系の頂点に君臨していたニホンオオカミは絶滅してしまいます。
最後に確認されたニホンオオカミは、1905年に奈良県で人が作った罠に掛かった若い個体の雄でした。
従順で賢いイヌは、人の家族としての長い歴史があります。
また、警察犬・盲導犬等といった働く「使役犬」としても活躍しています。
現在、イヌには400種程の「犬種」があるとされています。
2017年、161の「犬種」1,346頭のDNAを調べた研究が報告されました。
この研究によると、遺伝的に最もオオカミに近いとされた「犬種」は、アフリカ原産の「バセンジー」でした。
「バセンジー」に次いで、オオカミに近縁だったのは「柴犬」「秋田犬」等を含み「アジアのスピッツ系」でした。
これらの「犬種」は「古代犬」とも呼ばれており、西洋のイヌと遺伝的に大きく異なる事が、わかっています。
以外にもオオカミと外見が似ている「シェパード」は、オオカミとは遠縁でした。
オオカミと遺伝的に遠い「犬種」程、額から鼻先に掛けての部分(吻)の長さが短くなる傾向にあります。
吻(ふん)が短い事は、子イヌの特徴でもあります。
人に飼いならされる進化の過程で、イヌは幼さを残すようになったと解釈されています。
人に可愛がられる事が、イヌの生存戦略だったのです。
視線・指差し等のジェスチャーを理解出来るかどうかを調べる実験において、イヌは、訓練をしなくても、ある程度人の意図を理解して、行動する事が出来ます。
また、餌を取れない様に細工を加えると、イヌは、人の方をチラ見します。
この行動は、オオカミには見られません。
オオカミは、イヌよりも、複数での協力行動が得意です。
知能ではイヌよりもオオカミの方が高いですが、オオカミはイヌのように人に頼る事は出来ません。
ヒトの視線を読み取るテストでは、動物の中で最も知能が高いとされているチンパンジーの正解率が60%であったのに対し、イヌの正解率は80%でした。
この人の意思を読み取る能力は、3万年以上前からの人との共存により得られた特別な力です。
飼い主である人は、飼い犬であるイヌに見つめられると、母子の絆形成等に関わるホルモンである「オキシトシン」が体内で増える事がわかっています。
「オキシトシン」が体内でより生成される事で、イヌに対する愛情もさらに増え、さらにイヌと触れ合うようになるという効果が現れます。
これは、人の子育てにも通ずる「オキシトシン」による好循環です。
そして「オキシトシン」は人だけでなく、イヌの体内でも生成されます。
触れ合いをしたイヌの体内でも「オキシトシン」が生成され、より飼い主を見つめるようになるのです。
イヌと人の出逢いを推測する手掛かりがあります。
ロシアの研究所では、1950年代の終わりから、ギンギツネを「人を怖がりにくい」という気質だけで選び、交配を続けています。
すると、行動や生理・繁殖様式等が「イヌ化」していくのです。
上記の結果から、ある仮設を提唱する事が出来ます。
人を怖がりにくい性質を持ったオオカミの個体や集団が、同じ様にオオカミを怖がりにくい性質を持つ人と出逢い、共に進化を遂げたという仮説です。
ペットは、家族の時代。
「ムーミンバレーパーク」で飼い犬とムーミンとのベストショットを撮る為に、夢中になっている人を見て、人とイヌの歴史が脳裏を過ぎりました。