「できない自分を責めている限り永遠に幸せになれない。今の自分を認める勇気を持つものだけが、強い人間になれる。」
心理学者アドラーの言葉です。
「男の子は泣かないの。」等と弱音を吐く事を禁止されて育つと、感情を表に出す事が出来なくなってしまいます。
弱みを見せられない為、無理をしてしまいます。
この状態を繰り返していると、自分の感情を認識することさえ難しくなります。
カウンセリングにおいて「どのような気持ちなのですか?」等と質問をしても、自分の気持ちがわからない人が意外にも多いものです。
人は、弱みで愛されます。
不完全さこそが、人間です。
複数の心理実験でも、完璧は威圧的で近寄り難い事が証明されてます。
完璧な美人や完璧なイケメンが、実はモテないという答えが、ここに隠されています。
私自身、小学校高学年頃から「何でも出来る子」と教師や友人等から、評価されていた気がします。
偏屈な私は、その期待がどこか居心地悪く感じていました。
そこで家庭科の授業等で「面倒だな。」と感じた事を「出来ないから、やってくれないかな?」と家庭科が得意な女子に頼んでみました。
「嫌がられるかな。」と思っていましたが、女子は「仕方ないな。」等と言いながらも、どこか嬉しそうに私のお願いを受けてくれました。
それ以降私は出来ない事・苦手な事は、出来る子・得意な子に任せるようになっていき、不思議とそれからの方が同性・異性問わず、人が周りに集まってくれるようになったと感じています。
完璧な人よりも、程よい隙がある人の方が、一緒にいて心地よいものです。
マリリン・モンローは「不完全は美しく、狂気は天才。」という言葉を残し、彼女自身数多くのスキャンダルにまみれ、その不完全さを含め、愛された女優でした。
昨今のスキャンダルも、完璧や清廉潔白と思われていた人が起こすスキャンダル程、そのダメージは大きくなっています。
弱みを見せられない人は、他人に厳しくなってしまいます。
弱さを見せる事は、相手を思いやる為の気遣いにもなるのです。
自分の弱さを見せる事で相手が助かるのであれば、弱さを見せる事に何の抵抗もなくなります。
さあ、今日も弱さを見せていきましょう。