グラッツェインシーニェ

 ナポリっ子であり、ナポリのキャプテン、イタリア代表の10番が、今シーズン限りでナポリと別れを告げます。

 160㎝にも満たない選手が、ナポリのキャプテンを務め、イタリア代表10番を背負っている事は、多くの体格に恵まれなかった子ども達に希望を与えていました。

 

 「これまでで、最も好きなチームは?」と聞かれたら、私は「17-18シーズンのナポリ。」と答えます。

 08-09シーズンにペップがバルサの監督になり、フットボールの価値観は一変しました。

 人々を魅了して結果を出すという、唯一無二の輝きを放った存在がペップバルサでした。

 ペップが率いたから、メッシとシャビとイニエスタが同時期に全盛期を迎えていたから出来た、奇跡的なチームがペップ率いる最強バルサです。

 

 その後、ペップの成し遂げた事を多くのチームが、それぞれの場所でチャレンジしていきました。

 しかし、ほとんどのチームが夢半ばで敗れ去っていきました。

 

 15-16シーズン、サッリがナポリの監督に就任します。

 ナポリには、バルサやバイエルン、シティのように個で試合を壊せるような選手はいません。

 そのような中、サッリナポリは人々を魅了し、歴代のセリエAの中でも最強の強さを誇ったユーべとスクデット争いをした結果も相まって、世界中を席巻しました。

 奇しくも、チャンピオンズリーググループステージで対戦したシティを率いていたペップが「ヨーロッパで最高に美しいフットボールをしている。」と称していた事も記憶に新しいです。

 

 サッリボールと呼ばれたナポリの特徴は、ボールを循環させる事により、チームに優位性を導く点です。

 そのボール循環は、繰り返されるバックパスにより、相手の配置にズレを生み出します。

 守備の基準点を明確にしているチームにとって、繰り返されるバックパスはマークを変更し、プレッシングのスイッチになります。

 そのスイッチを逆手に取り、ナポリは相手の配置や基準点をずらす為、のんびりとメルテンスやインシーニェにパスを入れ、バックパスを受け取る事を繰り返していきます。

 そして、相手が守備の基準点を捨てた時に発生するズレを利用して、ボールを前進させていきます。

 常に相手の位置を意識したボール循環は、相手の心を折り、相手陣地からのプレッシングを諦めさせる事に毎試合のように成功していました。

 

 もう1つサッリボールの特徴は、左に密集させて、右で仕留めるという事にあります。

 左サイドには、グラム、ハムシク、インシーニェとゲームを組み立てる事が出来る選手を配置し、さらに右利きであるメルテンスも左に流れる事が多い為、ナポリのほとんどのゲームメイクは左で行われていました。

 個で試合を壊せる不在を補ったゴール前の崩しが、大外レーンからのカジェホンの飛び出しです。

 クロスを上げる瞬間は、どうしても守備者は、クロスを上げる選手を見てしまいます。

 左に相手の意識を集中させ、その瞬間相手の視野から一瞬消えたカジェホンにインシーニェがクロスを上げ、カジェホンがメルテンスに折り返しゴールというのが、サッリボールの十八番でした。

 現在個で試合を壊す事が出来る選手がいないペップシティも、この方法を多用し、プレミアで得点を量産しています。

 

 ペップに率いられなても、メッシやシャビ、イニエスタがいなくても、魅力的なチームを作り結果を出す事も出来る事を証明してくれたチームが、サッリナポリです。

 取り分けフットボールの質が低下していたセリエAに、フットボール熱を取り戻す事に一躍を買ったその功績は大きいです。

 現代では、セリエAの多くのチームが、ボール保持をベースに試合に挑んでいます。

 また、フィジカル重視の退屈なカルチョの世界に、インシーニェ、メルテンス、カジェホンというちびっ子スリートップが輝いた事は、カルチョの功績です。

 とりわけ、インシーニェとメルテンスは、試合中も笑顔を多く見せながら、プレイをします。

 ジョルジーニョが去り、ハムシクが去り、アランが去り、インシーニェもナポリを去ります。

 真剣さの中にも、笑顔を交える姿からは、相手への敬意とフットボールは楽しむものであるという原点を思い出させてくれます。

 

 少年のような小さきナポリのカピターノの姿を目に焼き付けておく事が、カルチョファンに出来る事です。