コロナは収束しても、この生活は収束しなくてもいいという想い

 昨日より、営業を再開する店舗も増え、山手線の乗客も増えています。

 カミュ著『ペスト』では、コロナウイルス発症から、収束まで、10カ月かかっています。

 日本に置き換えれば、発症を2月とすると、収束するのは、12月という計算になります。

 『ペスト』の中で印象的な人物として、コタールを想い出します。

 コタールは、ペストが収束すると、「俺は、ペストに怯えているこの街が好きなんだよ。」「何で、ペスト終わっちまったんだよ。」と言います。

 コロナに置き換えると、コロナ自体は収束した方がいいが、在宅ワークや不要な接触は避ける等の働き方は「終わらない方がいい。」と感じている方も多いのではないでしょうか。

 私自身も、そう感じています。事実、昨日から接触を避ける為、これまでポストへの投函で営業をされていた方が、多く訪問し始め、少し参っています。

 人は、千差万別の感情を持ちます。

 また、コロナウイルスというウイルス自身のことを考えれば、コロナもウイルスである以上、生物の細胞内に入り込む以外に生きることが出来ません。

 つまり、その生物が死んでしまっては、コロナ自身が生きることも出来なくなります。コロナも、感染する人には生きていてほしいはずです。

 そう考えると、コロナも風邪ウイルスのように、人と共存する道を選ぶようにも感じます。

 爆発的な感染、緊急事態宣言、経済再開等、コロナの局面は変化していきます。

 その変化とともに、人の感情や働き方、また、コロナウイルスの生き方も、変化していくと感じます。