「知っているか?線香花火の燃え方には、人生に喩えた四つの段階があるんだ。」
「初めは蕾。命の始まりのように、少しずつ大きくなる小さな花火だ。次に牡丹。無邪気な子供のように、力強く火花がはじける。そして松葉。出会いや別れ人生の波瀾の如く、次々に火花が飛び出していく。最期は散り菊。命は終わり、静かに燃え尽きる。」
「だから、こんなにも儚くて、綺麗なんだろうな。」
『甘神さんちの縁結び』甘神夕奈の言葉です。
ある男の引退試合となった最終節が終わってから数時間後、飛行機内に副操縦士の粋なアナウンスが流されました。
「横浜FCの皆様にご搭乗いただいております。中村俊輔選手が現役最後の試合との事でした。26年にも及ぶ現役生活、本当にお疲れ様でございました。」
しかし、当の本人は全く気が付いていませんでした。
スマホに取り込んでいるファン・ロマン・リケルメのプレーを眺めていたからです。もう次にやってくる試合はないというのに‥。
参考にすべきプレーと自分のパフォーマンスを重ね合わせ、脳内でフィードバックさせていく、いつもの作業。
最後の答え合わせに入り込んでいた為か、外部からの声は完全にシャットアウトされていました。
ファンタジスタ。
久しく聞かないこの言葉が、私は大好きであり、私自身学生の頃「ファンタジスタ」というスパイクを履き、10番を着て、ファンタジスタを目指していました。
奇しくも、その頃から10番の位置はトップ下からサイドに移り、10番の出来次第で勝敗が決するという戦術はなくなっていきました。
シャビ・イニエスタ・メッシ。歴代最強チームにはファンタジスタは、いません。ファンタジスタが試合中に数回魅せる120の魔法よりも、6番・8番・10番が作る90分続く80のパス交換とドリブルの連続の方が、試合を支配出来ますし、敵の戦意を削ぐ事が出来ます。
ロウジーニョ・ネイマール。彼らセレソンの10番も、ファンタジスタ以上の技量を持ち合わせて観客を魅了しますが、ファンタジスタではありません。彼らには、生まれ持った身体能力の高さがあるからです。私のファンタジスタの定義には、身体能力に劣る部分を技術と頭で凌駕するが含まれているからです。
ジダン。独特のぎこちないようにも見えるボールタッチとスローインが出来ないという身体能力の低さ、しかしそれを補う程の4-ジダン‐2とも評された彼1人いれば試合に勝てるのではないかという存在感からファンタジスタと捉えている人も多いかもしれません。ただ、ジダンは身長が大きく、時折ラフプレーをし、クラブにおいても代表においても常に試合に出る事を約束されていた事から、私のファンタジスタの定義からは外れます。私のファンタジスタの定義には、身体が小さい事・ラフプレーをしない事・クラブにおいても代表においても苦悩を何度も味わう事が含まれているからです。
ダビドシルバ・ベルナルド・シルバ。どの試合においても、80点のプレーを淡々とする彼らが私は大好きですが、彼らもファンタジスタではありません。おそらく、彼らもキャリアの前半まではファンタジスタであった事でしょう。しかし、時代に合わせ、複数のポジションをこなし、誰よりも走り、誰よりもチームに貢献するプレイに切り替えていきました。自分の魔法よりも、チームを優先する姿勢は素晴らしいですが、その器用さはファンタジスタではありません。私のファンタジスタの定義には、不器用である事が含まれているからです。
…バッジョ、デルピエロ…
ファンタジスタを考えた時に、私が思い浮かぶ選手は、この2人でした。
日本にはファンタジスタがいないというのが私の持論ですが、そのフットボール人生がファンタジスタであったと言える事が出来る選手としては、中村俊輔の名前が頭に過ぎります。
マリノスユース入りする事が出来ず、日韓ワールドカップ落選をバネにヨーロッパに挑戦。10番として臨んだドイツワールドカップでは輝きも結果も出す事が出来なかったが、それをバネにセルティックでのチャンピオンズユナイテッド戦2発の伝説のフリーキックを含む躍進。憧れのスペインの地に降り立つが出場する事が出来ない日々を送り、集大成として挑んだ南アフリカワールドカップでは大会直前にレギュラーを外される。その怒り・悲しみ・孤独を肥やしとし2度目のJリーグMVPを獲得。30代後半になってからは出場機会に恵まれない日々を過ごす。
そんな俊輔の生き方を知っているからこそ、南アフリカワールドカップ直前の韓国との親善試合後、ワールドカップしか試合を観ない人々が「俊介を外せ。」と言っている姿に、大きな違和感を覚えた事を記憶しています。
俊輔のフットボール人生こそ、ファンタジスタの人生です。
ファンタジスタの人生は、フットボールに生きる人だけではなく、仕事をし家族を守る、私達の人生にも通ずる所があります。
フットボール以上の生き方を示してくれる存在こそが、ファンタジスタなのかもしれません。
「背番号10は誇りだし、特別な存在。モチベーションを上げてくれる番号でもある。10番がトップ下という時代じゃなくなってきたけど、チームの良し悪しは10番次第だと俺は思っていて、責任を持ってゲームを動かしているという自負があった。次に誰がつけるかわからないけど、やっぱり誇りを持ってほしいというのはある。」
失意のワールドカップから半年後の俊輔の言葉です。
魔法は、ディズニーランドでも、ユニバーサルスタジオでもなく、スタジアムにあるものであると私は信じています。
10番を背負い、魔法をかける事が出来る選手の誕生を心待ちにしています。