メッシ残留から感謝について考える

 メッシが、「バルサに残留する。」とインタビューにて答えました。

 その理由は、「バルサと裁判で争いたくない。」というものです。

 メッシは、11歳の時、成長ホルモン関連の病気になり、その治療費をバルサが全額支払ったエピソードは有名です。

 その後も、メッシとバルサの物語は続き、物語はハッピーエンドに終わるのかと思いきや、そうはならないのが現実です。

 メッシからすると、小さな頃から面倒を見てくれたクラブへの感謝の気持ちから、「裁判で争いたくない。」という発言になり、不本意ながらも、残留をするという発言に至ったのだと思われます。

 しかし、私は、メッシには過去は関係なく、世界一のフットボール選手として、新たな挑戦をしてほしい気持ちでいます。

 世界一のフットボール選手には、世界一である環境も必要です。現在のバルサ、否過去数シーズンのバルサからそれを感じ取れなかったメッシが、移籍を考えるのはプロとして当然の決断です。実力社会こそが、フットボールの魅力だからです。

 さらに、今回のメッシの発言から、「感謝はいつまでし続けなければならないのか?」という疑問が私の頭を過ぎりました。

 時として、感謝は、人の未来を引っ張る要素にもなり得ます。

 育ててもらった感謝の為に、親の期待通りに生き、親の期待通りの言動をしなければならないのでしょうか。

 教えてもらっている感謝の為に、矛盾した教師の言うことを聞かなければならないのでしょうか。

 雇っているもらっている感謝の為に、上司や会社の言うことに、黙って従い続けなければならないのでしょうか。

 もちろん、感謝の気持ちは大切です。しかし、感謝はその時のお礼と行動で返せばいいと思います。

 その数年後や異なる事柄においては、感謝の気持ちは横に置き、決断すべきです。また、過去手を差し伸べた側も、感謝の強要をしないことも必要です。

 感謝に引っ張られ、未来を奪われること程、悲しいことはないように感じます。

 世界一のフットボール選手を観ることが出来る時間も、あと2~3年になってきています。

 世界一のフットボール選手へのリスペクトを込めて、「本人の望む環境で世界中に最後のダンスを魅せてもらいたい。」メッシとともに生きてきたフットボールファンの願いです。