上野戦争

 明治維新が成った戊辰戦争、東京は勝海舟・西郷隆盛の会合により江戸城無血開城がされ、戦いは行われなかったように思われています。
しかし、実際戦いは行われました。それが現在の上野公園を中心に行われた上野戦争です。
 戦うは幕府の彰義隊、対するは大村益次郎を中心とする長州を中心とする新政府軍です。
兵士の数・近代兵器導入等、力の差は圧倒的でした。
 現在の東大病院のあたりから、新政府軍はアームストロング砲を放ち、彰義隊を圧倒します。関ケ原のように瞬く間に勝敗は決しました。
会津藩もそうですが、新政府軍には振りかざした刀の落とし所が必要でした。皮肉にも、革命には血が必要です。
 そうでなければ、何十万という立ち上がった味方の兵士や経済的支援をしていた藩を納得させることはできません。
会津藩や彰義隊は、徳川幕府に振りかざされるはずであった刀を一手に引き受ける役割を果たしました。
 このように考えるならば、明治維新は新政府側のみならず、会津や彰義隊等幕府側の奮戦があったからこそ、成り立ったと評価することができると思います。
上野公園を歩きながら、上野戦争を考えてみました。