人とは異なる意見に価値がある

 小学校3年生か4年生の頃、物語のタイトルは忘れましたが、国語の授業で、ライオンの像が「私は願い事等ない。」と言うことに対し、「なぜ、ライオンは願い事がないのでしょうか?」という疑問を教師が投げかけ、クラスで考えていました。  私は、そこで、「願い事等ないということが、願い事ではないでしょうか?」と発表し、その言葉に皆が「えっ?」と反応したことを現在でも覚えています。  その時から、私は、皆と考えが違うという自覚を持ちました。  「自分は変なのかな?」と感じることもありました。  しかし、読書を通じ、様々な偉人の人生を知ると、偉人の誰もが子どもの頃、人と異なる考えを持ち、敬遠され、孤独の道を選択していることに気づきました。  昨日の主任ケアマネ研修においても、講師の方が「幸せとは何ですか?」と質問していました。  受講者は空気を読んでなのか、本気なのか知りませんが「家族や友人といること。」「絆を感じること。」等と答えていました。  私は、「不幸せではないこと。」と答えました。  小学生の時同様、その言葉に皆が「えっ?」としていました。  研修に参加していて、いつも感じることは、私が頭の中で「こう言うだろうな。」というシミュレーション通りのことを皆が答えることです。  これでは、研修に参加しても、学ぶことは少ないです。  人と異なる意見を言うには、日々勉強することが必要であると考えます。  1日研修に参加するよりも、1冊本を読む方が、学ぶことは多いです。  人とは異なる意見を言う人と、出逢い、研鑽していきたいです。