会社は能力ではなく、好悪で出世を決める

 先日、ある会社を訪問した時、1人が何か冗談を言うと、周囲の人が面白くもないだろうに、付き合いで笑い声を出している光景を見ました。

 また、エレベーターを利用する人が、集中して仕事をしている人に対し「コウモリが不気味だよね。」等とハロウィンの飾り物に対して話をしており、集中して仕事をしている人は仕事を一旦中断し、どうでもいいコウモリの話に付き合っていました。

 私は、普段1人で、好きな動画を流しながら、誰に気を遣う事もなく仕事をしている為か、そのような光景を見ていると「誰かと一緒に仕事をするって大変だな。自分には出来ないな。」といつも強く感じています。

 

 残念ながら、日本の会社は、能力ではなく、好悪で人を評価します。

 能力が高いけど休暇をきちんと取り定時に帰宅する社員よりも、ダラダラと残業をする能力の低い社員の方が、上司の評価が高いという事はよくあります。

 日本の多くの会社では、出世をしても大して給料は上がりません。

 係長、課長になった所で大して給料は変わらないから、成果を上げて出世を目指すより、自分の働いている環境を快適にする方向に上司の思考は流れていきます。

 こうなると、能力が高いけど生意気な部下よりは、能力が低いけど自分の思い通りに動いてくれる部下の方が快適という結論を導き出してしまいます。

 上記のどうでもいい話をしていた人達の肩書がどのようになっているのかは不明ですが、そうせざるを得ない要因の1つに、日本の会社が能力ではなく、好悪で出世を決め、その空気が数十年にも渡り、蔓延している為というものが挙げられると考えられます。

 その空気は、コロナウイルス以上に感染力が高いです。

 

 逆の見方をすれば、自分が会社から評価をされなかったり、転職の面接等で落とされたとしても、相手は好悪で決めているだけの為、自分の能力が否定されているわけではないと捉える事も出来ます。

 また、相手から期待されていない方がパフォーマンスが上昇するという研究データも出ています。

 期待をしていない相手やバカにしてきた相手を見返してやるという気持ちが、仕事のモチベーションとなり、仕事のパフォーマンスが上がるというロジックです。

 しかし、これは自分に期待をしていなかったり、バカにしてきた相手が、信頼出来ない人の場合にだけ当てはまります。

 自分が信頼している人に、期待していないと言われたり、バカにされてしまっては、仕事のパフォーマンスは上がる所か、全てを投げ出したい気持ちになります。

 この為、親が子どもに期待をする事は、非常に大切となります。

 もちろん、少し手を伸ばせば届きそうな期待をする等、期待の持ち方にも、方法論があります。

 

 仮に、会社で能力に合った評価がされなくても、それはあなたの能力が低いからではなく、上司が好悪で決めているだけの為、思い悩む事はありません。

 そのような会社には、見切りをつけ転職するのも良し、起業するのも良し。

 あなたが考えているよりも、会社はあなたの事等考えていないという事実を受け取め、会社に期待し過ぎることをやめると気持ちが楽になります。