何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である

 「誰もがまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。僕は君に送る最後の手紙の中に、はっきりこの心理を伝えたいと思っている。君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するだろう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示しているだけである。少なくとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である。」

 芥川龍之介が遺した遺書です。

 

 不安は、現代という時代が抱える病です。

 不安とは、未来に向けたものです。

 アフリカで現代も狩猟採集をして生活している人達には、不安という概念がなく、うつ病等の発症もほとんど見られません。

 

 人類の起源は、700万年前に遡ります。

 農耕を開始し始めたのが、1万年前です。

 農耕を開始する事で、人類に未来を考える機能が備わっていきました。

 つまり、人類は、ほとんどの時間を狩猟採集をして暮らしてきました。

 狩猟採集をする人達は、未来を考えません。

 1日単位でしか物事を考えない為、未来への不安は生まれません。

 狩猟採集をする人達にとっては、時間とは現在でしかないのです。

 

 進化の過程のほとんどを、狩猟採集、つまり未来を考えないで生きてきた人類は、未来を考える事に脳の機能がまだ追い付いていません。

 不安の原因は、個人の問題ではなく、人類史の過程で、まだ脳がその変化に追いついていない事にあります。

 しかし、未来への不安が人類を進化させてきたと捉える事も出来ます。

 新しい大陸の発見も、農耕も、科学技術の発展も、未来への不安が作り出したものです。

 つまり、不安は悪いものではなく、人類が進化する為に必要な感情である為、現代まで生き残っているのです。

 

 さらに、現代の私達が、未来という概念を考えないようにする事等、不可能な話です。

 そういった時には、不安との向き合い方を学ぶ必要があります。

 その1つの方法が、未来を現在に近づける事です。