2021年は、どんな年だったでしょうか?
私にとっては、生と死を考える年でした。
人も、物も、街も、考え方も、古のものはなくなり、新しいものに変化していきます。
この新陳代謝が、人の世を進化させ、人を地球上で最も強い生き物にしていきました。
第三者視点で見る場合、古い人や物、街、考え方等は、新しいものに変わるべきであると思います。もちろん、新しいものが古いものを上回っていたらという前提の上の話です。
しかし、自分が第三者ではなく、その当事者となった場合は、どうでしょうか?
自分や自分の大切な人や物がいなくなり、自分が勤めていた会社がなくなり、自分が拠り所にしていた考え方がなくなっていく。
そのような時には、冷静でいられるはずがありません。
自分の無力感に、自責の念に囚われてしまいます。
それでも『鬼滅の刃』煉獄の言葉通り、時間は共に寄り添って悲しんではくれません。
冷静でいられなくても、いいです。
自責の念に囚われても、いいです。
しかし、いつまでも冷静でいられなかったり、自責の念に囚われていては、いけません。
「ルフィ‥辛いだろうな‥エースの最期の行動を聞いて驚いた‥それじゃまるでロジャー船長だ。おれは船長に、時には逃げて欲しかったし、泣いて欲しかった。いいかルフィ、勝利も敗北も知り、逃げ回って涙を流して、男は一人前になる。泣いたっていいんだ。乗り越えろ。」
『ONEPIECE』シャンクスの言葉が、10年以上の時を超え、脳裏を過ぎります。
私の周りでは、不思議と何かの命の炎が尽きた時、次の命の炎が照らされます。
偶然である事は百も承知ですが、どこか運命のような、命のバトンを感じてしまいます。