「殺連をのっとれば、実質政府の実験を握れるということだな。」
「でも、現状の仕組みで、うまく回ってんだろ。お前は、そのバランスを壊して、なにがして~んだ?」
「何もしない。ただ壊すだけ。直すのは、国民。」
『SAKAMOTODAYS』ハルマ・キャロライナ・X(スラ―)の会話です。
♦あなたに心の余裕がないのは、あなたの所為ではない
「心のHP」には、限度があります。
精神的に不安定な人と関わると、あなたの心のHPは、その人達に吸収されてしまいます。
そして、悲しい事に「心のHP」が少なくなったあなたは、最も大切にすべきである家族に、強くあたってしまいます。
「心のHP」が十分な時には、仕事から帰宅後も、余裕を持って、家族とコミュニケーションを取る事が出来るにも関わらず「心のHP」が残り僅かでは、余裕を持って、家族とコミュニケーションを取る事は出来ません。
果てして、これは、あなたの問題なのでしょうか?
勿論、その要素もあるものの、私は「これは、あなたの問題ではない。」と伝えたいです。
これが、私が、介護・福祉・医療等において、働く事を勧めない理由の1つです。
★全てにおいてネガティブな言動を繰り返す鬱病の人
☆全てにおいて、自分ではなく、他者の所為にする精神的に不安定な人
★発達障害の子を持つ、気分の浮き沈みが激しいお母さん
私は、毎日、このような人達に「心のHP」を吸収されています。
勿論、鬱病があっても、精神的に不安定でも、発達障害の子を持っていたとしても、全ての人が、上記のような言動を繰り返すわけではありません。
また、そのような言動をしてしまう事に対して、理解出来る部分もあります。
「日本には、殺し屋が存在します。」
「我々殺し屋は、今まで語られぬ正義のために血を流し、暗躍してきました。裏社会で、秩序を保ってきました。」

「しかし、あなた方は、本当に守られるべき存在なのか?命をかけるに値する存在なのか?私は、分からなくなりました。」
「優しい人が、優しいままでいられる世界。それを目指した時期もありましたが、ある根本的なことに気づいたのです。」
「善良な人間なんていうのは、社会の仕組みに甘やかされた幻想に過ぎない。人間の本性は、暴力です。その証明を、あなた方に委ねることにする。」
「人は、人生で平均3回。本気で人を殺したいと思うらしい。」
「全国民一人ずつに、銃と弾丸を支給します。弾数は、3発。その3発は、どう使っても、罪には問われません。」
『SAKAMOTODAYS』Xの所信表明演説です。
♦「①犠牲者」は「①犠牲者」のままでいたがる
悪い人間関係は、全て同じパターンで、成り立っています。
①犠牲者
②迫害者
③救済者
介護・福祉・医療等の仕事を①犠牲者を助ける③救済者の仕事であると、考える人が多いと思います。
しかし、果たして③救済者が①犠牲者を助ける事で問題が、解決するのか?
否①犠牲者を助ける事に、意味はあるのか?

ここ数年間、私自身、上記のような思いを抱いています。
①犠牲者という言葉を聞くと「かわいそうな人」という印象を持つでしょう。
①犠牲者本人も、自分の事を「かわいそうな人」と強く思っている事が、非常に多いです。
★いつもトラブルに巻き込まれる自分
☆いつも嫌な目にあう自分
★いつも大変な事が降りかかる自分
①犠牲者は、そんな悲劇のど真ん中で、自分は生きているという感覚を持っています。
そして①犠牲者は、自分にその原因がある事と向き合う事をせず「自分をそんな目に遭わせているのは、誰なのか?」を、ずっと探し続けています。
①犠牲者は、常に「かわいそうな自分」VS「ひどいあなた」という世界観の中で、生きているのです。
そして、この世界観でいると、人生で最も大変な事の1つである自分自身の能力の無さと向き合う必要がありません。
さらに、社会保障だけが変に充実している日本においては「かわいそうな自分」を続ける事で、必ずどこかの機関や人が、表面的な優しい言葉を掛けてくれます。
私は、日本において①犠牲者の世界観を持つ人が多い事の1つの理由に、能力が低くても結果を出さなくてもある程度生きていけ、自由に発信だけは出来てしまう日本の「社会保障」があると考えています。
常に他者や環境の所為にする事で、自分自身と向き合う必要のない①犠牲者は、本人は認めないのかもしれませんが、①犠牲者のままでいる事を求めているのです。
「X、YouTubeの生放送から、コメントが8千件きてるが。」
「いくつか答えよう。晶、日本のだけ抜粋してくれ。」
「@パーティでぶさんさん、テロに関係のない市民を巻き添えにしてひどいよぉ!」
「無関係な人間など存在しません。この国のシステムの中で、生きてきた時点で、あなた方は間接的にすべてに加担しています。」
「@キルベイベーさん、ルールが理解できねェ!」
「知能弱者は、何も理解する必要はない。」

『SAKAMOTODAYS』京とXの会話、そしてXによるYouTube質疑応答です。
♦①犠牲者の核には、喪失体験がある
①犠牲者の人の心の底には、喪失体験があります。
私が、感じる①犠牲者の人の喪失体験で、最も大きく影響を与えているのは、母親との「愛着関係」を築けなかったという喪失体験です。
人が健全な心で育つ為には、乳幼児期の時は、1人の人、特に母親と、特別な「愛着関係」を築く事が必要です。
母親と特別な「愛着関係」を築く事が出来、子どもは、母親以外の外の世界を、探索する事が出来るようになります。
外の世界で危険な目に遭ったとしても、いつでも帰る事が出来る母親という「安全基地」がある為、子どもは外の世界を探索出来るようになるのです。
乳幼児期の時に、母親との愛着関係が築けないと、後の人生において、人と長期的な関係を築く事が、困難となります。
人に裏切られた経験から「この人は信頼出来る人だ」という世界観を喪失してしまいます。
そして「人は信用してはいけない」という世界観を、構築します。
人を信用して、また裏切られる事が、怖いのです。
「もうすぐこの国の既成概念は、崩壊する。日本は、選択する社会となる。」
「生きるか死ぬか殺すか、それを決めるのは、お前自身だ。今まで暴力に縁のなかった者にも、容赦無く、地獄がやってくるだろう。」
「完全な自由であり、完全な無秩序でもある。だが‥もしその中で優しさを基盤とした社会が形成されれば‥。」
…そこには、リオンが思い描いた世界が待っているだろう…

『SAKAMOTODAYS』Xの所信表明演説と、脳内言葉です。
♦①犠牲者の本心は、あまり変わりたくない
誰でも、辛い事・悲しい事・悔しい事等が起こると、一時①犠牲者になる瞬間があります。
大抵の人は、①犠牲者である時は、期間限定です。
しかし、人生のどのタイミングにおいても①犠牲者の人がいます。
この続きは、また後程。