多くの人に意見を求めてはいけない
誰にでも相談をする人がいます。
誰にでも相談をすれば、相談した相手の数だけ異なる返答があります。
そして、誰にでも相談する人は、「あの人がこう言って、でもあの人はこう言って、決めることができない。」と選択や決断できない理由を相手のせいにします。
誰にでも相談する人は、問題を解決したいのではなく、問題を解決できない理由を他者のせいにしたいだけなのです。
昭和の犯罪史上、最も有名も有名な「三億円事件」からも意見が多いことへの弊害を学ぶことができます。
事件直後、警察は強奪された銀行員の証言を基にモンタージュ写真を製作し、全国に報道します。
すると、全国から「少し似ているかもしれない。」という電話が殺到します。電話は2万件以上であったようです。
その電話のほとんどが「似ているかもしれない。」というものであり、警察は貴重な時間を似ているかもしれないという曖昧模糊な確認の為に使います。
結局、寄せられた情報から、犯人に辿り着く手がかりすら見つけることができませんでした。
また、人の記憶は作られるものであり、初対面の人を見た時にその人の特徴を掴んだとしても、その特徴に似ている知人を人は連想します。
つまり、目撃情報とはあまり当てにならないものです。
警察は多くの「似ているかもしれない。」という情報に踊らされるのではなく、物証に集中すべきでした。
事件直後から物証に集中し、アプローチをしていたら犯人に辿り着くことができたかもしれません。
三億円事件の例からもわかるように、何か問題に直面した時、多くの人に意見を求めてはいけません。
意見を求めるのなら1人にすべきです。
そして、その意見は参考程度にし、最終的には自分で選択や決断をする必要があります。