「ハァ~俺マジ才能無い‥」
「今日たまたま調子悪かっただけだろ。」
「暁君最近調子良くないもんな~スランプだって言ってた。」
「スランプって何のいい訳?結果が出ない理由は一つだよ。努力が足りなかったからだよ。どこかで手を抜いたからだよ。諦めたからだよ。」
「苦手だ。全然悪い奴らじゃないのに、仲間が苦手なんてオカシイことだ。それに、他人を責めるなんで弱い奴のすること。」
「俺がちゃんとやればいい。俺が強くなればいい。俺が。」
『ハイキュー』中学時代のチームメイトのスランプ発言に対する昼神の脳内言葉です。
私も、中学・高校時代、昼神と同様、チームメイトを苦手と感じていた側面がありました。
チームメイトとの練習よりも、朝1人でボールを蹴っている時間の方が何倍も楽しかったものです。
早朝誰もいないグランドで「このまま誰も来ないで、ずっと1人でボールを蹴っていたいな。」と空を眺めながら何度も妄想していました。
先日テニスを本格的にやっていたという方に「私はサッカーですけど、試合の中の1本のトラップやパス、シュートから、その人の考えや思い、さらにはこれまでの人生が映ります。これは、仕事や人生にも通ずる所があると考えています。テニスでも、そういうものってありますか?」と質問をしたら、苦笑いされました。
試合で上手くいかない時、何度も個人競技を選択していれば良かったと後悔していました。
また、外向性が低く、1人で黙々とレベル上げをするのが好きな私の性格は、集団競技よりも個人競技に向くと考えます。
外向性が低く、人と関わるのが苦手という人の方が、個人競技での成績が高いという事も証明されています。
しかし、サッカーを選択して良かったと感じている事の1つに、サッカーを通じて、人の心の動き方、人の活かし方、人の殺し方等、様々な人の心理を学べた事が挙げられます。
これは、サッカーが11人で行うチームスポーツであるとともに、11人以外のチームメイト、監督、コーチ、トレーナー、プロに至ってはオーナーやスポンサー等、様々な人が関わる中で行う事が出来るスポーツであるという部分が大きいです。
信長が頭角を現した頃「尾張武士は最弱」という評判がありました。
信長は、日本史上初めて、合理的で機能的な武士集団を作り上げました。
1人1人の武力は弱くとも、合理的で機能的な集団として動かす事が出来れば、謙信や信玄でも手が届かなかった天下にまで手が届く事を信長が証明してくれています。
「‥俺もしかすると‥つーか多分バレーあんや好きじゃないや。」
「‥じゃあやめればいいんじゃね?別に死なねえ。やめたからってお前が身につけた強靭な筋肉は簡単にはなくならない。お前今バレーは腹いっぱいなのかもな。あんだけガツガツやってりゃな。」
「なんかしんどいなーって時に光来君にやめればって言われて、なるほど~ってなってさ。まあ実際やめるってなったらまた色々あるだろうけど、いつでもやめるって思ったら、急に視界が開けたんだよね。もうちょいやってみようかなって思って、何かまだやってる。」
「自分は、バレーを好きであるべきと思っていた。兄や姉のように、人生の真ん中にバレーがあってしかるべきと。でも俺は、高校(ここ)から先へは進めない。兄弟や光来君の様にはなれない。俺に強みがあるとするなら、ここにいる皆ほど、バレーも仲間も好きじゃないこと。」
昼神と星海の言葉です。
『ハイキュー』は昼神や研磨、国見等、バレーも仲間もそこまで好きではないキャラクターが活躍する所に奥深さがあります。
自己啓発書等には「好きを仕事にしなさい。」等とよく書かれていますが、好きではない事も武器になる事を『ハイキュー』を読むと学ぶ事が出来ます。