完璧なオリジナル等存在しない

 先月から本屋において『呪術廻戦』が売り切れている状態が続いています。

 これは、昨年春に起こった『鬼滅の刃』と同様の現象です。

 このことから、人は何かに夢中になった後、再び夢中になるものを追い求める心理が働くことを学ぶことが出来ます。作品の内容ではなく「皆が読んでいるから。」という理由で読んでいる人が多い印象です。

 先日『呪術廻戦』作者が『漫道コバヤシ』に出演しました。ケンコバの絶妙な質問のおかげで、作者が作品に込めている感情を知ることが出来、とても楽しいものでした。

 その中でも印象的だったのが、作者が事ある事に作者自身が影響を受けた漫画を参考にし、作品を描いていることを伝えていることでした。

 『呪術廻戦』は、呪いをテーマとした作品です。そして、その呪いは私達がイメージする悪い呪いだけではなく、主人公の祖父の遺言「オマエは強いから、人を助けろ。」という一見ポジティブに受け取れるようなものも呪いとして捉えていることが作品に深みを出しています。

 作者はこの呪いを『バガボンド』の殺し合いの螺旋に例えていました。たしかに、武蔵が天下無双を志したのは、誰よりも強くなりたいという純粋な気持ちからでした。しかし、この純粋な気持ちが剣においては、ただの人殺しになってしまうのではないかという葛藤が『バガボンド』の1つのテーマです。

 また、連載直後打ち切りの話が出た時にも『僕のヒーローアカデミア』デクVSかっちゃんのように、大きな山場を作る為、ギアを上げる必要があることを意識したと伝えていました。たしかに、「うち1名死亡」から始まるあの回から『呪術廻戦』のギアが上がっていることを感じます。

 さらに、『呪術廻戦』では技や能力を出す前に自らの技や能力を相手に説明することがあります。少年誌好きなら誰もが1度は疑問に感じたことがあるであろう「技名言わなくてもよくないか?」という疑問から生じた事、また、技や能力を事前に伝える事で相手の考えをそこに執着させることが狙いのようです。

 これに対しても『HUNTER×HUNTER』誓約と制約においてすでに描かれていると言っていました。「私は言ってしまってますが、言わずにさらっとやってしまう富樫先生の方がかっこいい。」と語っています。

 このように、人は何らかの人や作品等に影響を受けて、自らも発言をしたり、何かを書いたりしています。

 全くのオリジナル等、この世には存在しません。

 影響を受けたものを、自分というフィルターを通して、自分自身のものとして発表していく。

 良いものはどんどん吸収して、自分自身のフィルターを通して、少し異なる形で表現していくことは、悪いことではなく、むしろその繰り返しが人の進化を支えています。