岩崎弥太郎から学ぶ姿勢を考える

 現在の三菱は、幕末から明治にかけて、土佐の岩崎弥太郎が創立したものです。
 現在では、「三菱、三井、みずほ」とメガバンクでも一番に名が挙がる三菱ですが、江戸前期から続いた三井・みずほ等とは異なり、幕末から明治にかけ岩崎がゼロから作り上げたものです。
 岩崎は、貧しい家庭に生まれます。小さな頃から、鳥籠を売りながら、働きます。
 その中でも、岩崎は1人本を読みあさりました。自身が現在の状況から脱却するためには、学問しかないと岩崎は感じていました。
 その努力が実り、岩崎は江戸留学をします。江戸では、高名な儒学者の下で学びます。
 その後、父が土佐で暴力事件を起こし、岩崎は土佐に戻ります。
 父を救おうと奔走する岩崎も投獄されてしまいます。
 岩崎は、その牢獄の中で木こりに算術を教わります。
 算術を教わり、岩崎は商売を思いつきます。Aから100円で仕入れ、Bに200円で売るというような商売の基本です。
 当時、武士は算術を教わっていませんでした。金勘定は、身分の低い商人がやるものでした。
 岩崎が稀代の経営者に転身をした転機は、木こりに算術を教わったことでした。
 お金がなくても、人にばかにされても、劣悪な環境におかれても、誰からでも、学ぶ姿勢を持ち続けたことが岩崎を、そして三菱を作りあげました。