「連載時、僕は20代だったから高校生側の視点の方が得意というか、それしか知らなかったんです。そこから年をとって視野が広がり、描きたいものも広がってきた。『SLUMDUNK』の後『バガボンド』や『リアル』を描いてきたことも影響しているので、自然な流れだと思います。」
「原作で描いた価値観はすごくシンプルなものだけど、今の自分が関わる以上は、原作以降に獲得した価値観はひとつじゃないし、いくつもその人なりの正解があっていいという視点は入れずにいられませんでした。」
『THE FIRST SLUMDUNK』に対する、井上の言葉です。
2022年11月、私は六本木にて、どこか満たされない気持ちでいました。
その理由は『富樫展』から、富樫のメッセージが伝わってこなかった為でした。
この気持ちは、山口に『宇宙兄弟展』を観に行った時にも、大阪に『進撃の巨人展』を観に行った時にも、札幌に『ハイキュー展』を観に行った時にも、感じていました。
勿論、原画展のようなものは、作者は原画を出すのみで、後は展覧をするプロ達の仕事に任せるという流れは理解出来ています。
しかし、私は、それでは物足りないと感じていると感じていました。
その理由を思い出すと、時は、2010年1月にまで時を遡ります。
私は、2010年1月当時最も影響を受けていた漫画である『バガボンド』の漫画展を観に行く為、大阪に足を運びました。
そこで観たのは、作者の井上が漫画展の為に描いた作品と、その作品が物語となり、漫画展を結んでいる姿でした。
漫画展の作品を観ながら、涙が出てくるという体験をしたのは、後にも先にもあの時だけでした。
そして、私は、あの時確かに、井上からのメッセージを感じ取り、その後の人生に活かしています。
映画『THE FIRST SLUMDUNK』を鑑賞し、私は、上映開始5分で井上に久々に再会した気持ちとなりました。
この映画において、井上は、原作・脚本・監督を務めています。
『鬼滅の刃』も『呪術廻戦』も『五等分の花嫁』も、映画は大ヒットしましたが、その内容なコミックに描かれているものの再現であり、作者は作品を提供する所まで関わり、後は映画製作のプロ達に任せています。
『ONEPIECE』も映画において、尾田が脚本を描く事はあっても、映画製作にまで関わる事はありません。
心理学者のジェニファー・ミューラーが、200人以上の男女に「生地の厚みを自動で調整出来るシューズ」という新発明のシューズの独創性を評価するように指示しつつ、IAT(無意識の偏見を数値化するテスト)を使って、実際は創造性やオリジナリティに対してどのような印象を持つかを調べた実験があります。
結果は、全ての参加者が「新しい事は積極的に取り入れたい」「斬新なアイデアを望む」等と答えました。
しかし、IATテストの結果では、大半の人が想像的なアイデアを「嘔吐」「毒」「苦痛」等の否定的な言葉と結び付けていました。
また、全ての参加者が「創造的なアイデアは役に立つ」と答えましたが、実際に斬新な商品を手にした後は、ほとんどの人が「新しさと実用性は両立しない」とコメントし、「目新しい発明等、現実では無意味だ」と考えました。
さらに、小・中学校を対象にした研究では「教育では創造性が大事だ」と答える教師でも、実際の授業では、好奇心が旺盛な生徒を嫌がったという報告がされています。
ヒトが、新しい事を嫌うのは、新しい発想や行動には不確実性が伴うからです。
その不確実性を回避しようとする為に、ヒトは新しい事を嫌います。
また、大多数の人は、新しい発想や行動が社会的に拒絶される可能性にも敏感に反応する為、自分を守る為に、新しい事を避けようとします。
原作者が、1億2,000万部以上売れている世界的大ヒット作を変化させ、監督まで務めた映画。
つまり、この映画は、『バガボンド』を10年程休載している井上に、10年振りに再開出来る映画なのです。
価値観は1つではなく、いくつもその人なりの正解がある。
そのメッセージは、桜木が主役では描き切れなかったと思います。
その答えを見つけに、是非、劇場で井上に再会してみて下さい。