榎本武揚

 時代に名を残す人物には、時の流れに乗る運が必要です。
運があれば、世に名を残せた人物は多数います。
 幕末、蝦夷地で新選組土方歳三と共に新政府軍と戦った榎本武揚も運がない人物の1人です。
幕府の役人である榎本武揚は、ヨーロッパに留学をし、国際法という学問に感銘を受け、5年間ヨーロッパで学びます。
 榎本は国際法により、日本が世界と渡り合える道を思い描きました。国際法を身につけ、帰国した榎本は愕然とします。
徳川幕府が窮地に追いやられていたのです。ヨーロッパに旅立つ時には、想像できない日本の姿でした。
 新政府軍に江戸を明け渡した徳川側は領地を6分の1に減らされるよう命令を下されます。
これにより、徳川家臣何万人もの人が職を失うことになってしまいます。
 ここで、榎本は考えます。
新政府軍に従うか、新政府軍と戦うか、または蝦夷地において独立の道を開くかという3つの道です。
 榎本は独立の道を選択します。
そして、新政府相手に戦い、敗れます。
 時代の流れと逆を進むしかなかった榎本武揚、しかし、その生き方は現在に生きる人にとって参考になることが多々あります。
家の近くにあるお寺に榎本武揚の書物があると聞き、榎本のことを書きたくなりました。