歴史の転換期には触媒となる人が存在している

 「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」

 吉田松陰の辞世の句です。

 「私の身が例え武蔵の野に朽ち果てても、私の大和魂はここに留め置き、この世で生き続ける。」

 松陰先生の辞世の句が触媒となったかのように、ここから倒幕、さらには明治維新への道が加速していきます。

 20歳の頃萩へ旅行に行った時、地元の人が吉田松陰の事を松陰先生と呼んでおり、高杉でも、木戸でも、伊藤でもなく、松陰先生が特別な存在なのだという事に気づきました。

 歴史、特に戦国時代や幕末のような時代の転換期には、触媒となる存在がいます。

 触媒とは、化学反応の反応速度を速める物質の事を言います。

 たとえば、私達が米を食べた時に、米等の炭水化物はブドウ糖に分解され、吸収されます。

 この分解には、それぞれの反応に適した消化酵素が働いており、酵素は反応前後で変化等はせず、反応のみを促進する働きをしています。

 歴史においても、私達の体内と同様の働きが生じており、何か大きな変化のある時代には、触媒となる存在がいます。

 触媒である人物は、その思想に時代が追い付かない為に危険視され、大抵早くに死を迎えてしまいますが、その思想は多くの人物に触媒となり働き続け、触媒により成長していった人達が時代を動かしていきます。