歴史を作り、作った歴史が自らを乗り越え、新たな歴史を作る

 ユナイテッド時代196試合出場84得点、マドリー時代292試合出場311得点、ユベントス時代98試合出場81得点、その間にチャンピオンズリーグで7度の得点王、さらに先日ポルトガル代表においても得点数を115得点に伸ばし、代表歴代得点数トップとなったロナウド。

 私が高校生の頃から活躍し続けているレジェンドであり、メッシと並び歴代NO1のストライカーである事は疑う余地はありません。

 

 ロナウドの帰還と観客を入れてのマンチェスターダービー。

 試合は「淡々と強い」シティが圧倒しました。

 私は、この試合を観ながら10/11シーズンチャンピオンズリーグ決勝バルサVSユナイテッドを思い出しました。

 ユナイテッドは手も足も出ず、戦術のないファーガソンの限界を感じた瞬間であるとともに、ペップバルサがフットボールを次のフェーズに引き上げた瞬間でした。

 

 フットボールが進化する程、得点よりも、90分を通じての貢献の方が評価されるようになってきています。

 私が子どもの頃は、得点を決めさえすればその試合のMVPのような認識でしたが、現代フットボールではその価値観はなくなりつつあります。

 90分の貢献とは、ボールを持って試合をコントロールする事はもちろん、ボールのない時の動き、守備への貢献や連動等、多岐に渡り、その1つとして得点があるようなイメージです。

 マンチェスターダービーでペップがシティの選手を1人も途中交代させなかった事は、90分を通じての選手の貢献を評価しているかのようでした。

 ドリブラーからストライカーへ生きる道を変化させたロナウド。

 しかし、そのロナウドがユナイテッドにおいても、ポルトガル代表においても、得点だけでは隠しきれない程、諸刃の剣のような存在になってきています。

 

 連動した守備が出来ないのはロナウドの問題というよりも、ユナイテッドの問題である事が多分にありますが、ロナウドが左サイドに開いてボールを触る事がチームにとってマイナスのリズムとして働いており、ロナウドのボールを触りたいという自己満足の為だけになってしまっています。

 マドリー後半時代、特にユベントス時代においては、相手を崩したり、相手の位置をずらす、味方が優位になる為、味方の息を整える為等、どの要件も満たさずに、ただボールを触っているだけのようなシーンがほとんどになってきました。

 15年程前、オールドトラッフォードを沸かせたフェイントも当時は相手を抜き去るという目的がありましたが、現在では自己満足に終始してしまっています。

 

 奇しくも、得点する事は特別な事ではなく日常である事を表現し続けてきたのは、ロナウドです。

 この表現はロナウドにしか出来ず、賞賛に値します。

 さらに、15年以上に渡り、世界のトップに君臨し続ける事は、これまでの歴史を振る返っても、メッシとロナウド以外いません。

 

 永遠の少年が、このまま沈んでいくのか、それとも彼の言葉通り2,3年で再び歴史を作り上げるのか。

 歴代最高の選手にはリスペクトは欠かせませんが、強過ぎるリスペクトはチームやフットボールの進化を妨げます。

 現在からロナウドがメッシのようにゲームをコントロールしながら、得点を決めていくような選手になる事は難しいでしょう。

 強過ぎる個性が、どのように花を咲かし続けるのか、フットボールファンとして、ロナウドが画面の向こうで活躍するのが日常である者として、見守っていきたいです。