比較するのは他人ではなく、過去の自分

 「子供のころから底辺を這いずって、半ばそれを傍観として受け入れていた子供時代からはじまって、余計なことをしなければ恥をかくことも傷つくこともないという逃げ癖と、俺はやらないだけ、やればできるんだという根拠のない自信。それを野口に看破されたこと。」

 「野口さんに煽られるたび期待が重くて、逃げ出したくて、でも清居が上田さんの舞台に必死で挑んでるのを見て、このまま逃げてちゃ俺は清居を失うと思った。」

 『悩ましい彼』の一説です。

 

 周りの人にすごいと思われたい、自分を認めてほしい等という承認欲求は、誰にでもあります。

 自身が取り組んできた事を結果的に認めて貰える事はいいのですが、承認を得る事が目的となっている人が多い事も事実です。

 承認欲求に支配される事は、他人に支配される事と同義語です。

 承認欲求を求めるような生き方をしていると、永遠に他人に認められる事を必死に求め続けるという残念な生き方になってしまいます。

 

 承認欲求の求め方は、多種多様です。

 過去の実績をいつまでも主張したり、知人に成功者がいると主張したり、はたまた、自身の不幸を承認欲求の為に使う人もいます。

 

 自分が不幸だ、運が悪い等と言っている人は、周りに特別扱いしてほしいと思っています。

 自身の不幸自慢をする事で、周囲の注目を集め、自分を特別な存在にしようとします。

 このような人は、自分から不幸を必要としています。

 特別であり続ける為に、不幸が必要なのです。

 

 他人に承認欲求を求める前に、自分で自分を認めてあげましょう。

 他人と比較する事程、無意味な事はありません。

 比較するのは、他人ではなく、過去の自分です。

 成長は比較からしか生まれませんが、比較すべきなのは、他者ではなく、常に過去の自分です。

 昨日より今日、今日より明日と、自分自身が前に進んでいる事を実感していく事で、勝手に成長していく事を約束します。