江戸幕府がオランダとの交易だけ許可した理由

 フランシスコ・ザビエルの名前を聞いたことがないという人は少ないのではないでしょうか。
 特徴的な容姿も重なり、中学生の間では笑いのネタとなり続けています。
 ザビエルは、ポルトガル人です。
 ヨーロッパから東回りの航路で、アジア各地を訪れたのは、ポルトガルが初めてでした。
 戦国時代、各地でキリスト教の布教活動をしたルイス・フロイスもポルトガル人です。
 信長も秀吉も、ポルトガルと交易を重ねました。
 その後、スペインは西回りの航路で日本にやってきます。
 家康は、最初スペインとの交易をしていました。
 しかし、その後、江戸幕府が交易を続けたのはオランダでした。
 それも、長崎の出島という限られた地域でのみの交易です。
 江戸幕府は、キリスト教の布教を禁止したかったのです。
 その点、オランダはプロテスタントであり、ポルトガルやスペインのカトリック教徒のように布教活動を行いません。
 これが、江戸幕府がオランダと交易を続けた理由でした。