発見の真の航海は、新しい風景を探すことではなく、新しい目を持つことである

 

 

 …露と落ち露と消えにし我が身かな、難波のことも夢のまた夢…

 豊臣秀吉の辞世の句です。

 

 

 大阪に旅行に、行ってきました。

 大阪に行くときは、毎回「ユニバーサルスタジオ」に行くのですが、今回は「東京喰種-トーキョーグール展」「阿倍野神社」「海遊館」等、大阪各所を電車を使いながら周る旅行でした。

 

 大阪府の地形は、以下のようになっています。

 

   北:北摂山地

   東:生駒山地

   南:和泉山地

   西:大阪湾

 

 大阪府は、上記のような地形になっており、山地が少なく、高低差の小さい丘陵地・台地と、広大な低地が続く事が、地形の特徴です。

 

   京都府:74%

   兵庫県:67%

   大阪府:30%

 

 都道府県全域に占める森林の割合(森林率)です。

 日本国土の森林に占める割合の平均が、68%である事と比較すると、大阪府の30%という数字の低さが際立ちます。

 

  ♦森林率の低さ=平地の多さ

 

 大阪府の面積の大部分を占めているのが、大阪平野となります。

 

 

 約7,000年前(縄文時代)に起こった「縄文海進」と呼ばれる海面上昇により、現在の大阪平野の大部分は、海の底にありました。

 海面上昇がピークに達した時期には、海岸線が、内陸部である高槻市や枚方市にまで達していました。

 これが「大阪の歴史は、水を起源とする」と呼ばれる所以です。

 

 約3,000~2,000年前になると、河内湾の陸化が進みます。

 砂州が延びて、外海と内海を遮ります。

 これにより、河内湾は、次第に淡水化しています。

 ちなみに、河内湾はなくなり、河内湖となり、現在は河内湖も、埋め立て等により存在しません。

 

 その後、淀川や大和川が、度々氾濫し、土砂が堆積し、低地が形成されていきます。

 5世紀(古墳時代)になると、淀川や大和川水系が運搬する土砂が少しずつ堆積し、陸化していきます。

 これが、現在まで続く大阪平野に成り立ちです。

 

 このような歴史がある為、大阪府は、低地が多いのです。

 大阪湾から10~20㎞離れているにも関わらず、海抜0mという場所が存在します。

 

 

  2001年:ユニバーサル・スタジオジャパン開園

 

 2022年の来場者数では日本1位を獲得し、世界でも3位にランクした「ユニバーサル・スタジオ」は、大阪港の中にあります。

 大阪港の北港の遊休地に、2001年に開園したのが「ユニバーサル・スタジオ」です。

 

 

 大阪の水路開発及び埋め立て工事の歴史は、古いです。

 5世紀前半の人徳天皇の時代には、すでに堤防や排水路の設置が行われていたと『日本書紀』に記されています。

 中世においても、土木工事は多々行われてきましたが、本格化したのは江戸時代に入ってからです。

 

   1615年「大阪の陣」終結

 

 大阪は、江戸幕府の直轄領として、復興事業が勧められました。

 幕府は、豊臣時代の町割りを流用した復興と都市発展に従事し、商業発展と同時に治水工事を進めていきます。

 

 大和川の工事により発生した大量の土砂も、埋め立て工事に利用していきます。

 幕府は、大量の土砂を使い、河川や沿岸部に、新田開発をします。

 

 開墾は、有力町人が請け負い、大阪湾岸部から広範囲に拡がる「川口新田」に至っては、1854年まで埋め立てが続けられました。

 

  ★此花区・港区・大正区の大部分

  ★住之江区・西淀川区・浪速区・西成区の一部分

 

 「川口新田」跡地に相当するのが、上記の地区です。

 ちなみに「ユニバーサルスタジオ」は、此花区にあります。

 

 

   ♦大阪府の3分の1

 

 現在の大阪府の3分の1は、造成された新田の跡地により、成り立っています。

 大阪は、江戸時代の埋め立てにより造成されたと言っても、過言ではありません。

 

 

 その土地を旅し、その土地を知り、その土地の疑問を調べる。

 旅行程、知的好奇心を擽るものは、ありません。