監督進化論

 「気持ちで相手を上回る、いい準備をしている。」

 アジアチャンピオンズリーグ試合前日の神戸の監督、三浦氏の言葉です。

 プロの監督までが、精神論しか語ることが出来ないことに、日本サッカーの限界を感じてしまいます。

 サッカーに限った話ではありませんが、日本人は、仕事においても、人間関係においても、人生においても、精神論に思考を奪われがちです。精神論は、考えることが出来ない無能な人が持つ考えです。

 中学や高校、プロの監督含め、日本人の監督が最もよく使う言葉は「気持ちが入っていない。」です。

 気持ちとは、何なのでしょうか?

 百歩譲って気持ちを考えるとしても、その気持ちをチームに作り出す役割は、監督の仕事です。

 監督は、選手への他者評価は大好きですが、自身への自己評価はしないことが多いです。

 「気持ちが入っていない。」と責任を選手に押し付けていますが、その言葉は、自身の無能を表現していることに気づくべきです。

 最新のフットボールは、囲碁や将棋のように、その時その時の局面毎に、打つ手を変えていくような高度な戦術のやり取りをしなければ結果を残すことが出来なくなっています。

 じゃんけんで例えるなら、自身のチームがグーを出して、相手のチームがパーを出した場合、即座に自身のチームの戦術をチョキに変える必要があります。

 日本人の多くの監督がこれを理解出来ず、相手がパーなのに、グーを出し続け、そのグーを気持ちで勝たせようとします。

 どんなに気持ちを込めてグーを出した所で、パーに勝つことが出来ないことは、誰もが理解出来るはずなのに、そこに気づく人もほとんどいません。

 コロナウイルスの影響で、ヨーロッパのどのクラブも、経済的な危機にあります。

 そのような中、これまでのようにビッグネームを大枚をはたいて、買うことは困難になっています。

 それよりも、優秀な監督を、ビッグネームの何分の一かの値段でチームに呼び、チーム全体のレベルを上げた方が、合理的であると経営判断をした方が、良い選択です。

 日本も、選手以上に、監督を育成した方がいいです。そして、元選手でないとプロの監督になれないという前時代的な考えはなくすべきです。

 ナーゲルスマンは5部のチームに所属したにも関わらず試合に出場出来ず引退し、サッリは元銀行員です。

 日本人の監督を育成する為に、精神論を禁止にしたらいかがでしょうか。