神よ、変えられないものはそれをそのまま受け入れる平静さを、変えられるものは変えられる勇気を、そして、変えられないものと変えられるものを見分ける賢さを与えたまえ

 

 「前にお会いした時より、やつれてませんか…?大丈夫…?」

 「…最近あまり眠れていなくて。」

 「何かあったんですか?」

 「…俺、本当に周りに話せる人がいなくて…メンバーに相談しても軽くあしらわれるし…今はとにかく誰も信用出来なくて…」

 「話したら気持ちが軽くなるかもしれないし…何があったか聞いてもいいですか?」

 

 「…それに…元カノとのことは清算したことなのに…管理不足だ迷惑かけるなってメンバーから責められて…一時は好き同士で付き合ってた相手に、あんな風に晒されてショックで…でも、リスナーはそんなの関係無しにネットで好き勝手言うし…あんなに俺のこと好きだって言ってた子達も、ひとつのミスで幻滅した、もう見たくない、金返せ、早く消えろって…今朝掲示板見たら…俺がしたこと無いことまででっち上げで書かれてて…さっき外出た時も…リスナーが家まで特定してたらどうしようって…皆に見られてる気がして…」

 『明日、私は誰かの彼女』伊織とバシの会話です。

 

 

 不安という感情との付き合い方は難しく、付き合い方を間違えると、メンヘラと一生付き合うようなものとなり、あなた自身もメンヘラになってしまいます。

 不安の度合いの設定を低くし過ぎると、人を信じ過ぎ、人に利用され、その為、経済的にも貧困となってしまう可能性が高いです。

 反対に、不安の度合いを高く設定し過ぎると、誰も信じる事が出来ず、誰とも関係を構築する事が出来ず、その為、経済的にも貧困になってしまう可能性が高いです。

 つまり、不安の度合いは程々に設定しておかないと、生きていく事自体が困難となっていきます。

 私達人間だけではなく、どの生物も進化の過程で、そのように不安の度合いを設定してきました。

 

 私達は、朝から晩まで不安を抱えながら、生きています。

 不安は、私達の脳内ソフトウェアを構成する標準的な部品の1つです。

 不安を排除しようとすればする程、その不安に飲み込まれてしまいます。

 不安は、生物としてのプログラムに組み込まれている為、排除する事は不可能なのです。

 

 恒常的な不安は、慢性的なストレスに繋がり、私達の寿命にまで影響を与えます。

 スズメを対象にした実験で、森の中に目立たないようにスピーカーを設置し、森のある部分では天敵の鳴き声を、別の部分では穏やかな自然音を流しました。

 すると、天敵の鳴き声を聞いたスズメは、自然音を聞いたスズメよりも、産んだ卵の数が40%減少しました。

 また、産んだ卵自体も小ぶりで、孵化した数も少なく、天敵の鳴き声に怯えた親鳥が十分な餌を運ぶ事が出来なかった為、雛の多くは餓死してしまいました。

 この実験結果は、実際の脅威がなくても、不安感を煽るだけで、生態系に影響が出る事を示しています。

 

 

 スズメに当てはまる事は、人間にも当てはまります。

 しかし、人間の場合は、他の生物よりも、より不安をこじらせます。

 私達は、敵に対して不安を覚えるだけではなく、ありとあらゆる事に対して、くよくよ悩みます。

 そして、多くの場合、くよくよ悩むのは、本当の問題に向き合う為ではなく、本当の問題から目をそらす為である事が多いです。

 抽象的な問題に逃げ込み、現実の問題から目をそらすのです。

 現実の問題から目を背け、抽象的な問題に逃げ込み、悩んでいた方が楽なのです。

 

 その結果として、自ら不安をこじらせ、慢性的な不安を抱えると、間違った選択をしやすくなるばかりか、病気になってしまいます。

 

 不安は悪いものでないという認識を持ち、不安の度合いを適切に設定し、抽象的な問題に逃げ込まず現実的な問題と向き合う覚悟を持つ事。

 この3つが、不安と上手く付き合う為に、必要な事です。

 

 

 「ファンだからって、自分を攻撃してくる人達とまで向き合ってたら、病んじゃうのは仕方ないですよ。距離が近すぎません?線引きしないと。」

 「…伊織さん前に…お客さんのこと人と思わない方が…うまくいくって…」

 「そうですよ。そもそも自分を好きでいてくれる人達だからって、お客さん皆がいい人で常識人だって勘違いしてません?お客さんの分母が増えるほど、そういった常識の通じない人の割合は増えますよね。本人を売り物にしている商売は特に。例えば家に侵入してきた虫にここは人間の住居だから入らないでって諭す人いませんよね?話が通じないってわかってるから。殺しますよね?」

 「えっ殺すのはちょっと…。」

 「…っていうのは冗談で。自分に害を与えてくる人とは、真剣に向き合わない方がいいってことですよ。」

 再び『明日、私は誰かの彼女』伊織とバシの会話です。