秀吉からコンプレックスとの付き合い方を学ぶ

 高校生の頃、『太閤記』を読み、躍動する秀吉に興奮していたことを覚えています。  日本史上、最も出世をした人物が秀吉であることに対しては、異論のある方はいないでしょう。出生がどこかもわからない農民の家から、天下人になった男、それが秀吉です。  本能寺までの秀吉は、まさに理想の上司のような存在でした。その証拠に、竹中半兵衛、黒田官兵衛、石田三成、加藤清正等、異なる能力を持った様々な武将が秀吉の下で台頭していきます。  しかし、本能寺以後、天下を狙い、そして、天下を治めるようになってからの秀吉は、コンプレックスの裏返しのような行動を重ねます。  金で出来た茶室を作り、贅の限りを尽くした大阪城や聚楽第を作り、桜を見る会の始まりのような大規模なお茶会を開催し、そして、自らと異なる意見を言う者を次々と粛清していきました。その対象は、旧知の仲であった千利休や、最も信頼を寄せていた軍師黒田官兵衛にまで及びました。  このような行動は、貧しい出である秀吉のコンプレックスの裏返しのように私には映ります。  コンプレックスは、一時は大きな力となります。コンプレックスを力の根源とし、考え、行動することが出来るからです。  しかし、1度成功したら、そのコンプレックスを捨てる必要があります。成功した後は、コンプレックスは、自らの敵に化け、進む道を塞ぐことがあるからです。  秀吉の人生から、コンプレックスとの付き合い方を学ぶことが出来ます。