「スタディオ・オリンピコです。イタリア語には、バンディエラという言葉があります。旗という意味です。この言葉は、イタリアサッカー界においては、クラブの象徴を意味します。90年代から2000年代初頭には、この言葉が紙面を飾ることが多かったものの、今日(こんにち)では、あまり見かけなくなりました。それは、もはや1チームに留まることが時代にそぐわないのかもしれません。」
「しかし、このASローマには、脈々と他のクラブには薄くなってしまった、このチームの象徴というものが息づいています。ジャンニー二やトッティ、ディ・バルトロメイ、そして、DDRことダニエレ・デ・ロッシ。18年間トップチームで、トッティの背中を見ながら成長し、今日が615試合目。今日ローマを去ります。」
「ASローマの今回の決断に関して、私は言いたいことは山ほどあります。しかし、それをグッと堪えて90分間ダニエレ・デ・ロッシの雄姿をロマ二スタの皆さんと、そして、セリエAを愛する皆さんと共に目に焼き付けたいと思います。今日は、私にとって痛みの伴う90分間です。」
デ・ロッシ、ローマでの最後の試合の北川さんの伝説の実況です。
DDRとの涙の別れから、5年。
思ったよりも早く、ロマ二スタは、DDRとの再会を果たす事が出来ました。
2022年11月国立競技場で行われたローマVSマリノスの試合。
VIPで席を予約した為、ラウンジで、食事や飲み物が、食べ放題・飲み放題でした。
そこで、イタリアから駆け付けたであろうローマ関係者の金持ちの男性が、ラウンジに流されるローマの映像をみて「デ・ロッシ」と1人呟いていた事が、記憶に残っています。
しかし、ローマVSマリノスの試合のローマのレベルの低さには、少々がっかりした記憶もあります。
「それがイタリアだ。」と笑いに出来る所もイタリアの魅力ですが、あの試合が小学校のサッカーみたいに「とりあえず俺に預けろ」というザニオーロを観る事が出来、決して負けを認めない監督・ジョゼに逢う事が出来た事、そして、ローマを日本に呼ぶ事を実現させてしまった北川さんを観る事が出来ただけで大満足でしたが、それでもフットボールファンとしては、魅力的なフットボールを観たいという気持ちもありました。
正直、ジョゼのフットボールでは、選手は輝きません。
選手が輝かないという事は、魅力的なフットボールを観る事は出来ないという事です。
その為、ディバラ、ルカク、スピナッツォーラ等のタレントを擁していても、ローマは魅力的なフットボールをする事が出来ずにいました。
彼らが輝く為には約束事やルールで縛るのではなく、彼らが輝く約束事やルールを作る必要があるのです。
「俺は、トッティが監督された指示をされている事を観た事がない。ディバラも、同じだ。」
ディバラに対するローマ新監督DDRの言葉です。
私は、ディバラの様な、チームが自分の為の戦術を取ってくれないと輝く事が出来ず、その為監督やチームと衝突を繰り返し、試合に出場出来ない事も多い繊細な10番が大好きです。
ディバラが、最も輝いていた時は、ユーべ時代イグアインと2トップを組んでいた時です。
センターフォワードタイプと近い距離にありつつ、自由に動く事が出来るというチームを構成する事で、10番は輝きます。
10番に、ポジションはありません。
その時に、自分が行きたい場所が、10番のポジションです。勿論、それがチームの為のポジションであり、幾度となくチームを救う得点を決める・アシストをする・チームの空気を作る、そして、敵・味方・スタジアムのファンに圧倒的な覇気を感じさせる事が、自由と引き換えの条件です。
私が、高校時代、敵の選手に言われた言葉で、嬉しかった言葉があります。
その言葉とは「ボールを取りに行くな。」です。
この言葉には「ボールを取りに行っても、取れないし、その動きを利用されるだけだから、ボールを取る事は諦めろ。」という事実上の白旗が示されています。
人が、最も恐怖する事は「この先何が起こるかわからない」という不安です。
フットボールにおいても、同様で「何をするかわからない選手」が、最も怖い選手です。
DDRの下で、自由を与えられた王様(10番)とともに、魅力的なフットボールで、ブライトンに4対0で勝利する等、結果もついてきているローマ。
今シーズンは、選手に自信を取り戻させ、自由を与える事で、内容と結果はついてきやすいです。
DDRの監督の真価が、問われるのはそれ以降です。
監督にとって選手に自由を与える事は、自分の戦術(やりたいフットボール)を放棄する事でもあります。
ローマのバンディエラが、どのような監督になっていくのか、楽しみです。