「たまに小学生から人生やり直したいって思ったりするけど。」
「えっ千夏先輩のどこに、やり直す要素が‥。」
「あるよ。音楽やっておけばよかったとか。」
「でも代わりにバスケをやってたから、きっと今まで数えきれないほど、たくさん分岐があって、無意識のうちに自分の大切な方を選択して、自分で選んで、今があるんだとしたら、私は、正しい選択をしてきたって、自信を持って言えるよ。」
…そして、バスケを仕事にしないという選択も…

『アオのハコ』千夏と大喜の会話です。
『ハイキュー』以前のスポーツ漫画は、どのキャラクターも、高校卒業後、皆プロになっていました。
私は、小学生ながら「そんなわけないじゃん。」と感じていた事を、記憶しています。
★0,1~0,2%
☆150万円
★がプロのサッカー選手になれる確率。
☆がプロのサッカー選手の平均年収です。
プロのサッカー選手になれるのは、サッカーをしている子どもの1,000人に1人で、仮にプロになれたとしても生活が出来るだけのお金を稼ぐ事が出来るのは、僅かなのです。
私は『アオのハコ』において、千夏が、高校卒業後、バスケを仕事にしないという選択をする事で、益々『アオのハコ』が好きになりました。
「なんか、しんどいなーって時に、光来君にやめればって言われて、なるほど~ってなってさ。」
…やめれば?なるほどって?…
「まあ実際やめるってなったら、また色々あるだろうけど、いつでもやめるって思ったら、急に視界が開けたんだよね。もうちょっとやってみよっかなって思って、何かまだやってる。」
…自分は、バレーを好きであるべきと思っていた。兄や姉のように、人生の真ん中にバレーがあってしかるべきと。でも、俺は高校(ここ)から先へは進めない。兄弟や光来君の様にはなれない。俺に強みがあるとするなら、ここにいる皆ほど、バレーも仲間も好きじゃないこと。」
![昼神幸郎(ハイキュー!!)の徹底解説・考察まとめ (4/4) - RENOTE [リノート]](https://renote.net/files/blobs/proxy/eyJfcmFpbHMiOnsiZGF0YSI6ODU4MjM4NCwicHVyIjoiYmxvYl9pZCJ9fQ==--c11259a98c72c77f8cead1eab9ba5e45ae7db94c/hirugami.jpg)
『ハイキュー』昼神の中学時代の回想と、言葉と脳内言葉です。
♦副業に次々に挑戦し、副業を次々に手放していく
副業の王道といえば「不動産」です。
物件選びさえ間違わなければ、副業どころか、働かずとも、賃料の利回りで暮らす事が出来ます。
「不動産投資」は、そんな夢を多くの人に、抱かせてくれます。
『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家・水木しげるも、その1人です。
著名人が、有り余る資産を運用する一環で「不動産投資」をするのはよくあるケースです。
しかし、水木の場合は、事情が異なります。
「楽して、楽しく暮らしたい」
「働かないで、寝ながら暮らしたい」
そんな気持ちから、まだ何者でもなく、お金もない時代に、アパート経営に、乗り出しています。
♦社会から否定されても、ここは自分が輝く場所ではないと割り切り、次の挑戦を始める
水木は、1922年(大正11年)大阪で生まれ、鳥取県境港市で、育ちます。
1937年(昭和12年)高等小学校を卒業し、大阪の印刷会社に、住み込みで、就職をします。
しかし、自分が嫌だと感じた事は出来ない性格の為、就職後は、失敗の連続でした。
2社続けてクビになります。
心配した両親が、手に職をつけさせようと園芸学校を受験させます。
しかし、定員50人の中、受験者数51人の入試を受けるも、落ちます。
51人の受験生の中、水木だけが、落ちてしまったのです。
そのような中、1943年(昭和18年)太平洋戦争の中、軍隊に召集されます。
南方戦線で片腕を失い、重症を負いながらも、急死に一生を得ます。
「だいぶ緊張してんな。」
「千夏先輩の3年間‥いやバスケ人生を考えると‥。」
「ある意味ちーにとって、けじめの時だからな。」
「けじめ?」
「俺も半年前まで、毎日毎日バド漬けで、あんだけ毎日やってたものがなくなるなんて、想像もつかなかったけど、意外とアッサリ受け入れられてる。」
「今度は毎日勉強して、気になるのは模試の結果で、こんな人生もあるんだって思ったよ。」
「きっと俺はインハイ予選で、けじめをつけられたから、今、違う生活を受け入れられるんだ。」

『アオのハコ』針生と大喜の会話、そして、針生の会話です。
多くの人にとって、部活の最後の大会は、プロになる過程ではなく、そのスポーツとけじめをつける為のものです。
否、多くの人にとって、否否、そのスポーツと真剣に向き合ってきた少数の人にとっては、けじめをつける事も叶わず、終わってしまう一瞬です。
私自身、いまだに、けじめをつけられずに、高校時代を振り返ると、怒りと後悔が、いまでも湧いてきます。
ただ、その経験が、後の人生に活きる事だけは、約束出来ます。
その為、ここ10年程は、プロになった人ではなく、違う選択をして違う仕事で実績を出している人の方に、魅力を感じてしまいます。
「それって、いいことなんですよね?」
「当たり前だろ!」
「人生はバドだけじゃないって、世界の自由さを知ったんだ。大人に近づいたってわけよ。」
「大人になるのって、怖いですよね。俺はっバドだけをしてたい!」
「ふっ。」
「自分でもガキって、思ってますよ。」
「その真っすぐさも、久々だと思ってさ。一つのことに人生かけるのも、かっこいいんだって思い出したわ。」
「さ行こうか。十数年バスケに人生かけてきた、鹿野千夏の応援に。」

『アオのハコ』大喜と針生の会話、そして、針生の言葉です。
♦戦争から帰還し、副業を転々とする
戦後日本に帰還後、水木の「副業人生」が、始まります。
この続きは、また日程。