自分は間違っている可能性がある

 「今の影山は自分が間違っている可能性があるってわかってるって事。多分、中学のチームメイトに体当たりで気付かされた事。」

 『ハイキュー』菅原のコート上の王様・影山に対する言葉です。

 私は、どのような時にも、自分は間違っている可能性があると考えを持つことが大切であると考えています。

 この可能性を持つことで、相手の話を聴く事が出来ますし、生じている事柄について調べよう、勉強しよう等という気持ちを持つことが出来ます。

 たまに、真実を知ろうとするのではなく、信じたいものを探すような傾向のある方がいます。

 さらに、端的に表現すれば、信じているものを補強しようとするものを探すという表現が近いでしょうか。

 信じたいものを探す感情は、理解出来ます。その方が、自らの間違い等を振り返らなくても済むから楽です。宗教等も、そのように利用されることがあります。

 しかし、それでは真実を知ること等出来ませんし、視野はどんどん狭窄し、科学的なデータや人の話を難くなに拒否するだけの人になってしまいます。

 どのような事柄に対しても、自分は間違っている可能性があるという気持ちを持つことで、謙虚になれますし、人を傷つけることも少なくなると思います。