誰か私を見て。それだけを十数年叫び続けてきたのに。誰か、誰か、私はここに居て良いって言って

 

 「後悔してる?アイドルになった事。」

 「ぴえヨンさん‥いえ自分で決めた事なので後悔とかは‥。でも、向いてないなとは思います。全然アイドルやれる気がしない。センターなんてもってのほか‥。」

 「歌上手いのに、なんでセンターそんなにイヤがるの?」

 「だってセンターって、グループの顔なんですよね。私なんかが居るべきポジションじゃ無い。」

 「私なんかって何?有馬かなは、凄いと思うけど。」

 

 「皆そうやって適当な事を言うじゃないですか。なんにも知らないくせに。私の何を知ってるんですか?」

 「毎朝走り込みと発声、欠かさない努力家。口の悪さがコンプレックス。自分が評価されるより作品全体が評価される方が嬉しい。実はピーマンが大嫌い。」

 「えっ‥私の事めちゃくちゃ見てくれてる。嬉しい‥。」

 …てか深いとこ突いてくるなぁ。やばっ。ぴえヨン、ちょっと好きになっちゃった…

 『推しの子』ぴえヨン(アクア)と有馬かなの会話です。

 

 

 …人間は昼と同じく、夜を必要としないだろうか… 

 ゲーテ著『タッソー』の一文です。

 

 ゲーテは、絶望を抱く人々に明かりを照らす作家であると認識されています。

 事実、ナチスの収容所に入れられたルート・クリューガーというユダヤ人の少女が、空腹で苦しむ中、倉庫の片隅に見つけた破れた国語の本を見つけ、そこに記されていた『ファウスト』の一説を読み、感動して救われたという話が残っています。

 この少女以外にも、ナチスの収容所でゲーテを読んで救われたという話が、とても多く残されています。

 

 実際、ゲーテ自身も、陽気さと真っすぐさを持った人物であり、食事や山登りを楽しみ、恋もたくさんして、74歳の時に19歳の少女に結婚を申し込んだりしています。

 では、ポジティブな事しか認めないというかというとそうではなく、ネガティブな事もしっかりと認める人でした。

 「絶望する事が出来ない者は、生きるに値しない」という言葉も残しています。

 

 

 …私はいつもみんなから、幸運に恵まれた人間だとほめそやされてきた。私は、愚痴等こぼしたくないし、自分のこれまでの人生にけつをつけるつもりもない。しかし、実際には、苦労と仕事以外の何事でもなかった。七十五年の生涯で、本当に幸福だった時は、一カ月もなかったと言っていい。石を押し上げようと、繰り返し永遠に転がしているようなものだった…

 『ゲーテとの対話』の一説です。

 

 ゲーテの人生は、若き日に記した『若きウェルテルの悩み』で地位も名誉も得て、周囲にはたくさんの友達やゲーテを愛する女性がおり、国の大臣にもなり貴族の称号まで与えられています。

 82歳の誕生日の前日に、生涯を懸けて記した『ファウスト』を完成させ、その数か月後に息を引き取るという、他者から見たら恵まれた人生に見えます。

 

 

 確かに、人生のあらすじだけを見ると、ゲーテの人生は幸福です。

 しかし、他者にはわからない密かな悲しみを秘めている事は誰しもあり、ゲーテも例外ではありません。

 

 大臣になったものの小さな国の為、財政から外向から農業まで、全てゲーテ自身が動かなければなりませんでした。

 あまりの多忙さに、当時は作品を書く事も出来ませんでした。

 また『若きウェルテルの悩み』で大ベストセラー作家になったものの、その後は売れる作品を出す事が出来ませんでした。

 自分の作品が世の中に評価されない時期に、手紙で「塵の中でうごめく虫の努力に過ぎない」と記しています。

 

 さらに、ゲーテは4人の妹・弟を若くして亡くしています。

 ゲーテより10歳若いシラーという親友も、亡くしています。

 その後も、母・妻を亡くし、81歳の時にはたった1人の子どもである息子のアウグストも亡くしています。

 

 …光の強い所では、影も強い…

 常に日の当たる場所にいたゲーテですが、ゲーテ自身が言っているように、多くの喜びの一方で、多くの悲しみも経験しているのです。

 

 

 人は、自分以外の他者の人生を、あらすじで見てしまいます。

 あらすじで見ると、凄い幸せな人か、凄い不幸な人というように、両極端に他者の人生が見えてしまいます。

 しかし、幸せな人の人生の中にもたくさんの悲しみがあり、不幸な人の人生の中にもたくさんの喜びがあるのです。

 

 他者の人生を、あらすじだけで見ない癖をつけていきましょう。

 そうする事で、随分と印象が変わるものです。

 

 

 …羨ましい。皆に見てもらえて。求められて。私の事を見てくれる人は誰も居ない。ママも、マネジャーも、私の事ほったらかしにして。ファンですら、見てるのは昔の私の面影だけ…

 …誰か私を見て。それだけを十数年間叫び続けてきたのに。私が必要だと言って。それさえ言ってくれれば、私はどれだけでも頑張ってみせる。あの子は使えるって言って、そしたら馬車馬の様に働くよ。頑張ったねって褒めて、そしたらもっともっと頑張るのに。誰か、誰か、私はここに居て良いって言って…

 『推しの子』有馬かなの脳内言葉です。