「一騎当千の猛者か。確かに、居るよね。清国の昔話に出てくる一人で、本当に千人を倒す様な化物じゃなくて、その者が現れると、味方千人が奮い立ち、敵方千人が恐れ慄く‥そういう意味での一騎当千。」
「例えば、新選組の近藤局長・土方副長。長州の高杉晋作。薩摩の西郷隆盛。」
『るろうに剣心ー北海道編ー』永倉新八の言葉です。
これまでの人類史においては、中世以降の世界の中心は、ヨーロッパとされてきていました。
しかし、近年の研究において、この常識は、覆えようとしています。
戦国時代においては、日本こそが、世界史の最前線であったのです。
そして、日本が世界史の最前線となる事に、私達のよく知る、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三英傑が、深く関わっている事が、わかってきました。
どの時代でも、その時代の流れを変えたり、加速させたりするのは、異端の者です。
戦国時代の日本において、その異端の者とは、宣教師でした。
学校教育の日本史においては、ザビエルを記憶させられる程度でしたが、実は、宣教師の存在こそが、戦国時代の流れを変え、加速させていたのです。
★1575年:長篠の戦い
信長・家康の連合軍が、武田勝頼率いる武田軍を破った戦です。
信長が鉄砲を組織的に使用し、戦国最強の騎馬隊である武田軍を壊滅させた戦として描かれたきた長篠の戦いですが、実際の戦の内容は、異なります。
実際は、鉄砲VS騎馬の戦いではなく、鉄砲VS鉄砲の戦いだったのです。
長篠の戦いの舞台である愛知県新城市設楽原を発掘調査すると、織田・徳川軍、武田軍、それぞれの鉄砲玉が見つかります。
そこで、鉄砲玉に使われていた原材料を、科学調査しました。
すると、下記のような違いが見つかりました。
★織田軍:鉛
☆武田軍:銅
織田軍と武田軍では、鉄砲玉に使っていた原材料が、異なっていたのです。
武田家の古文書からは、銅で出来た賽銭を粉砕し、鉄砲玉の成分としていたと記された文章も出てきています。
しかし、銅を原材料として鉄砲玉を作ると、実践において、暴発が起こりやすい事がわかっています。
つまり、実践において、敵を仕留める為として、鉄砲が機能しない可能性が高かったのです。
これに対し、鉛は、暴発がしにくい為、実践において、敵を仕留める為として、鉄砲が機能する可能性が高いです。
そして、驚くべき事に、織田軍が使用していた鉛の原産地は、日本産のものではなく、外国産のものだったのです。
最新の科学技術で、分子分析をした結果、その原産地は、タイのカンチャナブリー山脈の鉱山でした。
戦国時代当時、この鉱山からは、300万トンの鉛が発掘され、その量は、鉄砲20億発に該当します。
長篠の戦いにおける信長の勝因は、鉄砲を取り入れた事ではなく、高性能の鉄砲を用意する事が出来た事にありました。
では、信長は、何故、タイの鉛を鉄砲玉に使う事が、出来たのでしょうか?
ここで、登場するのが、宣教師です。
日本の戦国時代。
ヨーロッパは、大航海時代でした。
そして、宣教師の真の目的とは、全世界の人間をキリスト教徒にする事で、世界を征服する事でした。
日本も、その征服する国の1つ。
宣教師には、日本を征服し、その後、中国を征服し、アジアを手中に収めるという目的があったのです。
改宗をさせるという事は、心を支配するという事です。
宣教師は、日本人の心を、盗みにきていたのです。
その為に、宣教師が選んだ方法が、各地の有力大名に近づく事でした。
そして、宣教師が、目的の為に狙いを定めた男が、信長でした。
信長の躍進を観察していた宣教師は、信長をキリスト教徒にする事が、日本を征服する為の最も合理的な手段であると目論見ます。
宣教師は、信長の信頼を得る為に、鉛を始めとした武器の提供をします。
信長も、宣教師の危険性は理解していたものの、天下布武の為に、宣教師の力を利用します。
信長の躍進の裏には、宣教師による武器の提供があったのです。
信長が、最も苦しんだ戦は、どれでしょうか?
絶体絶命の桶狭間の戦い?妹の市を嫁がせ弟のように信頼していた浅井長政に裏切られた姉川の戦い?
否、10年にも及ぶ石山本願寺との石山合戦です。
石山本願寺とは、蓮如により、組織された戦う坊主の集団です。
坊主という事は、仏教を信じる者達です。
日本人をキリスト教徒に改宗させる事を目的とする宣教師にとっては、仏教は、最も邪魔な存在でした。
ここでも、信長と宣教師の利害は、一致します。
この続きは、また後程。