遊びの為に生きるのではなく、生きる事そのものが遊びである2

 「‥フン‥遊んどるわ。飛雄くんマジメで頭のカタいイイコちゃんやと思っとったのに、1セットと違うローテで遊んどる。1セット落として、2セット目も接戦。しかも今日2試合目やのに、+a(プラスアルファ)を試しとるんや。合宿からの変わり様は何やねん。腹立つわー。」

 「強いって自由だ。」

 『ハイキュー』影山に対する宮侑と日向の言葉です。

 

 心理学でいう遊び心とは、どんな状況でも、楽しさやユーモアを使って解釈出来るかどうかを意味します。

 まさに、狩猟採集民が日常的に発揮している能力です。

 遊びと言われると、趣味を考える人も多いと思います。

 趣味は素晴らしいのですが、趣味を増やしても本質的な解決には至りません。

 大好きな趣味を見つけても、それ以外の時間がつまらなければ、単に現実逃避をしているだけになってしまうからです。

 現代人の問題を解決するには、仕事、勉強、パートナーとの関係、育児等といった、あらゆる面を遊び化していく事が有効です。

 毎朝のように通勤ラッシュにもまれ、顧客に頭を下げながら、サービス残業を繰り返し、家に帰ったらシャワーを浴びて寝る。

 そのような当たり前の日常を、出来る範囲で遊びの場に変えていくのです。

 

 私達の日常は、狩猟採集民に比べ、娯楽が溢れています。

 それにも関わらず、多くの人が楽しくないという気持ちを抱えながら、生活をしています。

 狩猟採集民の世界は、遊びのルールがシンプルです。

 シンプルとは、簡単という意味ではありません。

 野生動物の生活パターンを記憶し、砂や泥に残る痕跡を元にターゲットの狙いをつける作業は、高度な認知機能が必要です。

 この点からも、狩猟採集民の遊びは、チェスや将棋のようにシンプルながらも、奥深い構造を持っています。

 

 これに対し、私達の生活環境はどうでしょうか?

 長期に渡る住宅ローンの返済計画を立てたり、初対面の人に商品を売り込まなければならなかったり、面識のない政治家に1票を投じなければならなかったりと、現在もサバンナの中を生きているヒトの脳に対して、新し過ぎるタスクばかりが要求されます。

 さらに、そのルールは社会システムが変化するごとに変更され、キャッチアップしていくだけでも一苦労です。

 ルールが整備されていない遊び程、プレイヤーのやる気を削ぐものはありません。

 

 仕事や勉強、パートナーとの関係、子育て等のルールをシンプルにしていく事が、遊びの場に変えていく為のファーストステップとなります。