遊びの為に生きるのではなく、生きる事そのものが遊びである3

 コロンブスは、遊んでいる時に地球が丸い事を思いつきました。

 ニュートンは、ぼんやりと心を遊ばせている時に、木から落ちるリンゴを見て、万有引力の着想を得ました。

 アインシュタインは、実験という行為こそ、精神が遊びを求めている何よりの証拠であるという考えを持っていました。

 遊びは脳の論理的で冷静な部分を刺激するとともに、自由奔放な探求心も刺激してくれます。人類史を動かすような主要な発見の多くが、遊びを通じて生まれるのはその為です。

 

 遊びにおいて、大切になるのが即時のフィードバックです。

 ヒットするゲームは、敵を倒す度にレベルが上がったり、新しい武器が手に入ったりと、目に見える形で変化が見えるように設定され、プレイヤーを飽きさせないように工夫されています。

 私達の生活は、即時のフィードバックが得られにくいものばかりです。

 仕事の成果が見えるまでは数カ月、若しくは数年を要するとともに、社会で使えるスキルが身につくまでにも数年を要します。

 それまでは、達成感のない退屈な毎日が続きます。

 

 これに対し、狩猟採集民の暮らしは、即時のフィードバックが得られやすいです。

 狩りに出れば獲物が手に入るかどうかはすぐにわかり、弓矢を作ればすぐに性能を確かめる事が出来、建材を組み立てれば半日で住居が出来上がります。

 自分が立てた仮説の妥当性はすぐに検証され、プレイヤーのモチベーションも維持されます。

 

 即時のフィードバックが得られない先進国の人達は、満たされない欲望を、ネットニュースやSNSのように、即時のフィードバックが得られる媒体に求めます。

 ブラウザを立ち上げればすぐに新しい情報が得られ、インスタグラムに写真をあげればすぐに「いいね」を得られる為です。

 

 現代の私達の環境は、遊び場としては、粗悪品です。

 ルールは人為的で理解が困難で、明確なゴールもなく、即時のフィードバックが少ない影響で未来への不安も増します。

 この問題に対し、単に「人生はゲームだ。」「仕事を遊びに。」等と言っても、役に立ちません。

 現代の環境から、遊びが失われたのは1~2万年前に始まった農耕に起因する部分が大きいです。

 これだけの歴史に対して、精神論で立ち向かうのは無謀です。

 

 私達の脳は、現在もサバンナの中で生きています。

 私達に出来る事は、狩猟採集民から遊びを学び、現在の暮らしに取り入れる事です。

 その為のキーワードは、シンプルなルール設定と即時のフィードバックです。