斎藤道山と織田信長は、共通点が多いです。
岐阜城を拠点としたこと、楽市楽座を開催したこと、信長の正室に道山の娘帰蝶がなったこと等、その中でも最も大きな共通点は、実力主義であったことでしょう。
道山は、息子よりも、実力が優れた信長を、贔屓します。
信長は、家柄等関係なく、実力がある者を、評価し、昇進させていきました。その代表例が、秀吉や光秀でしょう。
家柄重視であった時代に、実力主義を貫いた両者は、異質と言える存在でした。
しかし、そんな実力主義の両者は、皮肉にも最期の迎え方も、共通してしまいます。裏切りにあうのです。
道山は家督を譲った息子に裏切られ、信長は最も信頼していた家臣光秀に裏切られます。
自身の実力が高いと、他者にも実力を求め、実力主義の集団を作ることは、自然の流れでしょう。私は、その思考には賛成ですし、ビジネスは実力主義であるべきであると考えます。
ただ、道山と信長から、実力主義の採用の副作用として、裏切りが生じることを学ぶことができます。
それであれば、その対策をするべきでしょう。