違和感の答えに出逢う

 漫画や小説、ビジネス書を読んでいたり、アニメを観ていると、あの時感じていた違和感を言語化してくれていることがあります。

 私は、高校生・大学生の時、周りの友達を見ながら、「なぜ、この人達は、こんなに楽しそうにしているのだろう?」とずっと疑問でした。

 親しい数人の友人には、言葉にしたことがありますが、誰もがそもそも疑問にすら感じておらず、毎日を過ごしているようでした。

 その私の違和感が『弱虫ペダル』に言語化されていました。

 「やっぱどこか窮屈じゃ‥‥あいつよりワシが強いとか、守るために闘うとか、そういうシンプルなんがここには何もない‥‥楽しそうに笑うて仲良さそうに肩組んで。平和も、そら時にはええが、何じゃろうの‥‥ワシが求めとるのは‥‥心こがす闘いと、それを分かち合う友人なのかもしれんな‥‥このモヤっとした思いをぶつける相手すら今のワシにはおらん。」

 大学に進学し、自転車競技を辞めた待宮の言葉です。

 私が、高校生・大学生の時に感じていた違和感を、見事に言語化してくれています。

 振り返れば、私は、違和感の答えを求める為に、読書をしたり、歴史を振り返ったり、映画を観たり、様々な場所に旅に出かけたのかもしれません。

 現在では、その違和感を探す中で出逢った言葉や、経験が、私を支えてくれています。

 違和感の答えは、漫画や小説、ビジネス書、アニメの中に眠っています。