鬼になれ杏寿郎

 「なぜ自分が人よりも強く生まれたのか、わかりますか?」

 「弱き人を助けるためです。生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は、その力を世のため人のために使わねばなりません。天から賜りし力で人を傷つけること、私腹を肥やすことは許されません。弱き人を助けることは、強く生まれた者の責務です。責任を持って果たさなければならない使命なのです。決して忘れることのなきように。」

 「私は、もう長く生きられません。強く優しい子の母になれて幸せでした。あとは頼みます。」

 

 「母上、俺の方こそ、貴方のような人に生んでもらって光栄だった。」

 

 『鬼滅の刃』煉獄杏寿郎の母の言葉と、己の責務を全うした煉獄杏寿郎の言葉です。

 先日アニメ『無限列車編』が終了し、12月5日より『遊郭編』が開始されます。

 当時秋アニメと発表されていた『遊郭編』の制作が追い付かなくて『無限列車編』をアニメ化したものと感じていましたが、このプロモーションは大成功したと言えるでしょう。

 大ヒットした映画『無限列車編』の熱が冷めた頃に再びアニメ化をする事により、ファンの熱が再燃するとともに、新たに鬼滅ファンになった人も多いはずです。

 その証拠に、ANA、ホテルニューオオタニ、コメダ珈琲等、次々とコラボが発表されています。

 

 

 さて、上記の煉獄母と煉獄の時を超えたやり取りに涙したという感想をよく聞きますが、私はこれは母の呪いではないかと感じています。

 もちろん、素晴らしい話である事は百も承知ですが、弱い者を助けるや責務を全うするという呪いにより、煉獄は命を落としたのではないかと感じています。

 呪いとは悪いもののように思われていますが、むしろ悪意のある呪いの方が、わかりやすく対処がしやすいものです。

 その人の為を思って伝える善意の呪いの方が、数倍もその人を苦しめます。

 

 「鬼になれ。杏寿郎。」

 猗窩座の言葉通り、私は煉獄に鬼になってでもいいから、生きてほしかったです。

 死んだら何もなりませんが、鬼になっても、生きてさえいれば、禰豆子のように人を救う鬼になれたかもしれません。

 

 もちろん、私も『無限列車編』を読んだ時には涙し、素晴らしい作品である事は百も承知ですが、再び観る事で善意の呪いが煉獄を死なせてしまったと感じてしまいます。

 作品が進むにつれ、鬼の過去を描く事で、善意の呪いも、回収されていきます。

 それでも、私は煉獄には鬼になってでも、生きてほしいと願ってしまいます。