「インターナショナル保育園=英語が話せるようになる」という理解は、表面的な理解です。
インターナショナル保育園の本質的な価値は、非認知能力が育ちやすい環境にあります。
※非認知能力:自己制御・自己肯定感・実行機能・やり抜く力・レジリエンス等、テストでは図る事の出来ない能力
非認知能力は「生きる力の基盤」となる力です。
特に、0~6歳の段階は、非認知能力の土台が形成される臨界期にあります。
※臨界期:ある刺激が与えられた時に、その効果が最もよく現れる限られた時期
つまり、非認知能力の臨界期にある0~6歳の時、どのような環境の中で育つのかが、その後の人生を決めると言っても過言ではないのです。
「そしたら翌年から、アルゼンチンに戻っちゃってね!」
「まあ海外には、絶対挑戦することになるし、それがちょっと早くなっただけ。」
「行きたい舞台(ばしょ)は、どうせ変わらない。」
『ハイキュー』及川徹の物語です。
♦人生を支えるのは、高い自己肯定感ではなく、崩れない自己肯定感である
⑥自己肯定感の質が違う
インターナショナル保育園で育つ子どもに見られる「自己肯定感の質の違い」は、単に「自信がある/自信がない」という話ではありません。
インターナショナル保育園で育つ子どもに見られる「自己肯定感の質の違い」とは「自己の捉え方そのものが違う点」にあります。
ー多様性耐性が自然に身につく環境で育った子どもは、教えられる多様性ではなく、前提としての多様性を獲得出来るー
☆言語・文化・宗教・家庭背景が異なる子どもが混在
★行動様式・価値観・表現方法が一致しないのが前提
☆正解は1つという前提がない
★違いは修正対象ではなく、存在条件
インターナショナル保育園では、上記が日常として組み込まれています。
教えられる多様性:肯定は、理解された時に発生
前提としての多様性:肯定は、存在時点で成立
「教えられる多様性」における自己肯定感は、条件付きです。
「前提としての多様性」における自己肯定感には、条件はありません。
脳に「教えられる多様性」ではなく「前提としての多様性」という配線を組み込む事が出来るのは、非認知能力の臨界期である0~6歳までのギフトであり、その配線は親の選択により、組み込む事が出来る配線でもあります。
「てか、俺もまあまあ無茶したかなと思ってたけど、地球の裏側でビーチとはねー。」
「及川さん、やりましょう!皆けっこう夜遅くまで遊んでますよ!」
「ふふん。この俺と張り合おうなんて、偉くなったじゃん。チビちゃん。」
『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。
♦比較で育った自己肯定感は、競争に強い。受容で育った自己肯定感は、人生に強い
ー多様性耐性が自然に身につく環境で育った子どもは、他者との比較により自己を測らなくなるー
★上手/下手
☆早い/遅い
★正しい/間違い
単一文化・単一基準の中で育った子どもは、上記のような他者との比較により自己を測る事が、脳に配線されます。
これは「相対評価型の自己肯定感」を生みます。
※相対評価型の自己肯定感:自分の価値を他人との比較により感じ取る自己肯定感
これらの比較は、同じ課題・同じ基準・同じゴールという、同質環境により生み出されます。
☆課題の意味が、人により違う
★ゴールが個別である
☆成功の形が複数ある
多様文化・多様評価の中で育った子どもは、そもそも比較尺度が、存在しません。
共通尺度がなければ、そもそも他者と比較する事自体が出来なくなります。
重要なのは「比較しないように教えられる」事ではありません。
重要なのは「比較が成立しない場」にいる事です。
その結果、多様性耐性が自然に身につく環境で育った子どもは「誰より上」かではなく「自分はどう感じ、どう在るか」で自己を認識していきます。
ー多様性耐性が自然に身につく環境で育った子どもは、自己肯定感の量ではなく、構造が違うー
「自己肯定感の量ではなく、構造が違う」とは、強い/弱い、高い/低いという数値の話ではありません。
「自己肯定感の量ではなく、構造が違う」とは、自己肯定感が何により支えられているのかという話です。
多くの人が考える自己肯定感とは、水位になっています。
★褒められる→水位が上がる
☆失敗する→水位が下がる
しかし、この考えは、自己肯定感の本質ではありません。
自己肯定感の本質は、水位を支える地盤にあります。
この続きは、また日程。