「貴方は、張り詰めすぎです。過酷な状況こそ、こうして休息はしっかり取らないと。」
「そーいうもんかな…。」
「そーいうもんです。それに夫婦なんですから、お背中流すのに一々照れてどうするのですか?」
「…照れてるわけじゃない。苦手なんだ風呂。緊張や戦の勘が湯に溶けていくようで…。」
「貴方は、張り詰め過ぎです。休める時は、しっかり休まないと。本当の戦いの前に倒れてしまいます。」
「本当の戦い?何か控えていたか?」
「いいえ。人生という名の戦いです。平穏に真っ当に、己の信念に寄り添いながら、時に棹差し、時に隠し…それでも決して手綱は離さない。川中島だって目じゃない。長い長い人生という名の戦です。大将は貴方ですが、軍師は私。休めというのも戦略的助言です。」
「…わかった。」
『地獄楽』画眉丸妻と画眉丸の会話です。
ナーゲルスマン解任。
ヨーロッパに激震が、走りました。
ブンデスでは勝ち点1差で2位に甘んじているものの、チャンピオンズではパリに勝利しベスト8に進出、国内カップ戦もまだ残っており、3冠の可能性が残っている中の解任には驚きと共に、フットボールの実力主義が体現されており、私はどこかホッとしたような気持にもなっています。
ナーゲルスマンの平均取得勝ち点は2,31です。
ペップの2,41とも遜色のない、立派な数字です。
国内で優勝する事は当たり前、そして、王者として他の追随を許さず優勝する事が当たり前。
ナーゲルスマン解任の理由の1つに、不安定なパフォーマンスが挙げられます。
確かに、大敗をしたり、連続して勝利を逃したりと、バイエルンらしくない結果が、時折気になってはいました。
私は、バイエルンというチームに保守的なイメージを持っています。
保守的なバイエルンであればこのタイミングで、ナーゲルスマンを解任する事はありません。
否、保守的だからナーゲルスマンを解任したのかもしれません。
その答え合わせは、シーズンが終わってみてからのお楽しみです。
実力主義の世界では、どのような非情な決断も、結果さえ出せば、武勇伝となります。
ナーゲルスマン35歳。
私と同じ歳の、また、サッカー選手としての実績のない監督のバイエルンでの挑戦は、終わりました。
ロナウド然り。ラモス然り。
私は、窮地に追い込まれたり、敗北や、立ち直れない程の屈辱を味わった選手や監督が、数日後、若しくは数カ月後には、何事もなかったかのようにピッチに登場し、淡々と自分の仕事をしていく姿を観る事が大好きです。
最近数年間は、試合よりも、その姿を観る為に、フットボールを観ているような気持ちになっています。
1つの仕事での挑戦等、人生という名の本当の戦いから見れば、小さなものです。
屈辱を経験したナーゲルスマンを、私は好きになっています。
彼の人生という名の長い戦いを見守っていきたいと、思っています。