「インターナショナル保育園=英語が話せるようになる」という理解は、表面的な理解です。
インターナショナル保育園の本質的な価値は、非認知能力が育ちやすい環境にあります。
※非認知能力:自己制御・自己肯定感・実行機能・やり抜く力・レジリエンス等、テストでは図る事の出来ない能力
非認知能力は「生きる力の基盤」となる力です。
特に、0~6歳の段階は、非認知能力の土台が形成される臨界期にあります。
※臨界期:ある刺激が与えられた時に、その効果が最もよく現れる限られた時期
つまり、非認知能力の臨界期にある0~6歳の時、どのような環境の中で育つのかが、その後の人生を決めると言っても過言ではないのです。
「ボエーッ。」
「これはバレーと名がついていながら、違うスポーツだ。俺は初心者だぞ!!」
「めっちゃ優エツ感感じます!」
「正直か!」
「‥俺、今日、一瞬、一瞬だけ凹んでたんですけど、及川さんに会って、超超超元気出ました!!」
「‥じゃあ、今度ゴハンオゴってね。」
『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。
♦違いを受け入れられる人は、心が広いのではない。違っても壊れない世界で育っただけだ
⑥自己肯定感の質が違う
自己肯定感は「上手く出来た」から、生まれるものではありません。
自己肯定感は「このままで居ても大丈夫だった」という反復体験から生まれます。
ー多様性耐性が自然に身につく環境で育った子どもは、自我が安全の上にあるー
★認められる為に頑張る
☆間違えないように生きる
★他人と同じように生きる
条件付き承認の環境で育つと、自我が不安の上に成り立つようになります。
不安の上に成り立った自我は、非常に脆く、壊れやすいです。
☆自分を基準に考える
★駄目でも戻れる場所がある
☆合わない時は調整出来る
無条件付き承認の環境で育つと、自我が安全の上に成り立つようになります。
安全の上に成り立った自我は、静かに強く、壊れにくいです。
ー話せなくても、分からなくても、あなたはここにいていいー
自我とは、自分自身に対する、自分の意識・観念の事を言います。
★間違えたら否定される
☆浮いたら嫌われる
★分からない自分は駄目
不安の上に成り立つ自我が土台にあると、自我の役割は、自分を守る事になります。
☆違って当たり前
★分からなくて当たり前
☆助けを求める事は普通の事
安全の上に成り立つ自我が土台にあると、自我の役割は、自分を拡げる事になります。
「ヘイ!ジャッキー・チェン!」
「?」
「試合しようぜ。」
「ジャッキー・チェンって言った?」
「中国人と思ってんじゃないすかね。」
「‥俺達は、ジャッキー・チェンじゃない。渡辺謙だ!!」
「うけてたつ!!」
『ハイキュー』及川徹と日向の物語です。
♦人は考えて反応しているのではない。すでに信じている世界に反射しているだけだ
日本のような単一文化・単一環境の中で育つと「分かって貰えない=危険」という脳の配線回路が繋がります。
☆伝わらないのは日常
★誤解が前提
☆修正は対話の中で行う
これに対し、多様性耐性が自然に身につく環境では、上記のような事が日常・前提である為「分かって貰えない=危険」という脳の配線回路が繋がりません。
多様性耐性は、教えられては身につきません。
教えられた多様性は、理念で終わります。
☆比較する前に、尊重する
★考える前に、安心する
☆防衛する前に、対話する
自然に身についた多様性耐性は、前提認知となります。
※前提認知:考える前に、すでに正しいものと信じている世界の前提
日本人が「その人の存在そのものをリスペクト」という世界の当たり前の価値観を、本当の意味で理解出来なかったり、体現出来ない理由も、ここにあります。
この分野は、後天的に教える事が、最も難しい分野です。
多様性耐性が自然に身につく環境で育った子どもは「自分を肯定する」のではなく「自分を疑わずに済む」のです。
だから、自己肯定感の質が決定的に違うのです。
ー自己肯定感の質の違いは、大人になる程に、複利となり、あなたの人生を支え続けるギフトとなるー
多様性耐性が自然に身につき、安全が自己肯定感の土台にある中で育った子どもは、人生の揺れに対する安定性が、大きく異なります。
これは、子ども時代以上に、大人になってから現れる大きな差です。
☆意見は、人と切り離されている
★違いは、危険ではない
☆関係は、簡単には壊れない
多様性耐性が自然に身につく環境で育った人の、前提認知です。
★意見=人格
☆違い=拒絶のサイン
★関係は、常に不安定
日本のような単一文化・単一環境で育った人の前提認知です。
これが、日本人と意見を言い合う事が出来ない・日本人の会議が機能しない原因でもあります。
この続きは、また日程。