フットボールの美学

 8月28日またしても、フットボール界に激震が走りました。

 ユベントス残留決定的と思われていたロナウドが、ユナイテッドへの移籍が決定しました。

 マドリーのカピタンとバルサの伝説が揃ってパリへ、セリエA得点王とMVPはそれぞれプレミアリーグに旅立ちました。

 私が最も応援しているリーグはセリエAである為、ロナウドとルカクというアイコンを失う事は、リーグにとって痛手です。

 EURO2020でヨーロッパ王者になり、これからイタリアの時代を作るという矢先に、このような事態が生じる事は、イタリアらしいといえばイタリアらしいのですが‥。

 セリエA開幕節アレグリは、ロナウドを先発に起用しませんでした。移籍の真相はまだ不明ですが、アレグリ率いるビアンコネロの船出にロナウドが中心ではない事は予期出来ました。常に自分が主役であるとともに、チームにも最強を求めるロナウドがこの事態に我慢ならなかったのではないかと推測する事が出来ます。

 ただ、アレグリは年内はチーム構成にあて、年が明けてからチームを完成していく監督である為、一概にアレグリを批判する事は出来ませんし、戦術的な意味でロナウドを外す事は必然と表現する事も出来ます。

 メッシやロナウドは確かに年間50ゴールを保障してくれる圧倒的な個です。しかし、近年のヨーロッパの舞台では、特定の個人に対する依存度の高いチームは、そこが弱点となり、勝つ事が出来なくなっています。

 ヨーロッパの舞台においては、シームレスな4局面の循環は必須であり、どこかの局面で自らのタスクをサボってしまう個がいる選手がいる事は、許されなくなっています。

 

 昨シーズンのアタランタ戦後、ロナウドは「まだ汗出し切れていないから、ジムで汗を流さないか?」とチームメイトに声を掛けました。その時、時計は23時を指していました。

 移籍が決定したロナウドに対し、ビアンコネロの元チームメイトは「君のプロフェッショナルに学ぶ事が出来た。」とメッセージを送りました。

 2018年ビアンコネロへの移籍が決定した際、私はロナウドはリーダーになる為、イタリアに渡ったと主張しました。その意味では、ビアンコネロでは感情を爆発する姿が見られなかった為、不十分かと思いましたが、背中で見せるリーダーとしての姿を3年間のイタリアでの挑戦で成す事が出来たのかもしれません。リーダーは、怒鳴る必要も、怒る必要もありません。

 

 マドリーとバルサが世界最高の選手を揃え、ラリーガの2強がヨーロッパの2強である時代は、終焉を迎えました。栄枯盛衰のサイクルは、無情にも過ぎていきます。

 時代は、プレミアリーグとパリに作っていくフェーズにあるのかもしれません。

 ラリーガにプレミアのような強度を求める事も、セリエAにパリのような個の選手が瞬間で描くその時々の戦術で戦うよう事を求める事は出来ません。

 しかし、フットボールの魅力はスター選手だけではありません。

 適切なポジショニングと確かな技術をベースに、ボール保持で試合を進める事が出来れば、身体的な差があったとしても、フットボールではそれが差とならない事があり、それがフットボールの美学です。

 戦術・知性。これを選手に落とし込むのが、監督の仕事です。

 ラリーガとセリエAの復権の鍵を握るのが、監督です。

 もしかしたら、その原点に戻る為に、時代がラリーガとセリエAに乗り越えるべき壁を設けたのかもしれません。

 メッシやロナウドが頂点を目指す事が出来るのも、あと数年です。

 その先のフットボールの地図を、ラリーガとセリエAが、それぞれの美学を貫くとともに、柔軟に変化していく事で、描いてくれる事を願っています。