不平等条約を改正せよ

 陸奥陽之助は、後に陸奥宗光と名を改め、日米和親条約から続く不平等条約を改正した外務大臣です。 若き陸奥は仲間と馴れ合わず、ずっと本ばかり読んでいました。  神戸の海軍操練所に入った時も、そのため仲間と馴れ合うことができませんでした。 そのような陸奥を受け入れたのが、坂本龍馬でした。  龍馬は、陸奥の能力を認め、大きな仕事を一緒に進めていきます。 後の薩長同盟・大政奉還等も龍馬は陸奥を同行させ、仕事を任せます。  陸奥は龍馬から、柔軟な考え方を学びます。 龍馬暗殺後、陸奥は明治政府に加わります。  投獄等をされた後、海外留学等を経て、外務大臣に就任します。 陸奥は、不平等条約の改正に奮闘します。しかし、陸奥は日本人の主張ばかりを通すやり方では不平等条約を改正することはできないと主張します。  そのため、不平等条約を改正する代わりに、外国人が日本のどこにでも住めるようにするという提案をします。 このようにお互いの利益を出しながら、お互いが納得できる条件成就を目指す外交を実施しました。 この考えは、龍馬から学んだものでしょう。  その成果により、不平等条約は改正されます。 「人心をおさめるのは、広く世の中のことに成就している人だ。決して机上の空論を述べる人ではない。」