伊達政宗

 伊達政宗は、知名度と実力が伴っていないのではないかというのが私のイメージでした。 しかし、調べてみると中々面白い人物であることがわかりました。  政宗には、天下統一をするための2つの運がありませんでした。 1つ目は、生まれた時代が遅かったことです。政宗が実力を台頭し始めた頃は、秀吉が天下を治め始めた頃です。  2つ目は、東北に生まれたということです。 天下を分ける戦・政治等は東海道から京都・大阪で起こっていました。 したがって、東北生まれの政宗には1つの領国のみではなく、天下という大きな視点が欠けていたように思われます。  そのような不運の中でも、自らが生きる道を探し続けたということが政宗の魅力ではないでしょうか。 小田原攻めの際の死に装束、仙台を米の名産にするアイデア等、苦境に立った時・裏切られた時等にも自らが生きる道を探し続けたことが政宗の魅力です。  関ケ原から17年後、江戸で占める米の取引量3分の1は仙台が占めることになりました。