高校生の頃、高齢者施設でボランティアをした時に感じた気持ちを、サッカー部の友人に話すと、その友人から「それ、わかる。」と言われました。
私は、話を聞いてもらった事には感謝しつつも、「わかるわけないだろ。」とどこか違和感を感じた事を記憶しています。
その後も、わかるはずがない事をわかるという人に、度々出逢いましたが、やはりいつも違和感を覚えます。
私達のような仕事をしていると、研修等で共感や受容等が大切と言われる事が多々あります。
それを勘違いして、わかるはずがない他人の感情や経験等に「わかります。」等と言い、距離を縮めようとしたり、好かれようとしたりする人を、よく見かけます。
共感は良いですが、同感は危険であると、私は感じています。
同感をすると、その人との依存関係が始まるからです。
その場はやり過ごせたとしても、その後に分かり合えない事等が生じると「何故わからないの?」等という感情が生じ、依存関係は、怒りや不信という気持ちに変化していきます。
犯罪の多くが、家族や友人等、近しい関係から生じることも、上記のロジックが働いています。
同感をする事は、その場限りの関係では有効ですが、長い関係を築く上では危険です。
逆に、同感を連発してくる人は、その場限りの関係で良いと感じている詐欺師である事も理解することが出来ます。
同感をしないことはもちろん、同感を連発する人がいたら危険な人物と認識し、近寄らない事が賢明です。