勉強をしないとあることをないことにしてしまう
中学生になると授業を妨害するような生徒が現れます。
私も一時期、悪いことがかっこいいと勘違いしていた時期がありました。
しかし、一定以上の良識があれば中学生であってもそれが正しくない選択であることに気づきます。
彼らは一生懸命舐められないように振る舞っているだけでした。
勉強ができないとバカにされるからわかることを最初から放棄する、1人でいると惨めだから同じような境遇の仲間を作る等、それは彼らなりの生き残りをかけた手段であったようにも感じます。
そんな1人から私は「勉強を教えてくれ。」と頼まれました。
たしか日本史や英語を教えましたが、彼らは「徳川家康」や「Iplaytennis.」と伝えただけで「わからない。」と言いました。
私には彼らがわからないようにすることを努力しているように映りました。
その後、家庭教師等で同じような境遇の生徒を何人か担当しましたが、同じような返答がありました。
私は、そのような彼らと一時仲良くすることはできても、勉強を教えたり、目標に向けて取り組むことは不可能であると感じました。
そのような彼らも大人になります。
すると、煙草を吸っているにも関わらず「吸っていない。」と言い、他者に迷惑をかけているにも関わらず「自分は悪くない。」と言います。平気であることをないことにします。
子どもの頃からわかろうとする思考と努力を放棄していた彼らは自分の行動や他者の気持ちを考えることができません。
わかろうとする努力を子どもの頃から重ねていかなければ、他者の気持ちを考えたり、正しい行動を選択することができないのではないかと感じます。