悪口を言わないの一歩先へ

 「人の悪口を言ってはいけません。」という教えは正しいし、悪口ばかり言っている人は梲が上がらないと相場は決まっています。

 しかし、悪口を一切言わない事等、不可能です。

 久し振りに友人と逢った時には「うちの会社給料が低くて。」や「うちの会社ブラックで。」等という話題は、天気の話をする事同様、話のまくらとしての役割を担います。

 逆に「うちの会社最高で。」等という話をする人がいたら、私はその人の方を疑ってしまいます。

 会社員がコミュニケーションの一環としてしている会話も、経営者からすれば、悪口となってしまいます。

 このように、悪口を言わない事は不可能であり、悪口を言い過ぎないという事に心掛けるべきです。

 

 私は、悪口を言う人以上に悪いのは、悪口を運ぶ人であると認識しています。

 学校や会社等を思い浮かべると、必ず悪口の運び屋がいる、もしくはいた事を思い出すでしょう。

 悪口の運び屋が、あなたに悪口を運ばなければ、あなたにとって、その悪口はこの世に存在しないものだったはずです。

 悪口の運び屋がいなければ、悪口を言っていたという事実も、悪口を言われたという事実も、この世に存在していません。

 悪口の運び屋さえいなければ、悪口を言った人、悪口を言われた人、2人が人救われるのです。

 つまり、悪口を言った本人ではなく、悪口の運び屋が悪口の張本人なのです。

 

 知らなければこの世に存在しなかったのに、知ってしまった為に、仕事のパフォーマンスが低下する。

 知らなければこの世に存在しなかったのに、知ってしまった為に、会社に行きずらくなる。

 知らなければこの世に存在しなかったのに、知ってしまった為に、病気になる。

 悪口の運び屋の中には、故意に情報操作して完全犯罪の如く、人の人生を台無しにする人もいます。

 

 悪口の運び屋の本質が浮き彫りになってきたと思いますが、彼ら彼女らは、意識的にせよ、無意識にせよ、他人の人生を破滅させる事で快感を覚えます。

 試しに1度悪口の運び屋が、あなたに悪口を運んできた時の表情を観察してみてください。

 同情するような表情を演出していますが、その陰には嬉々とした表情が見え隠れし、あなたが悲しんだ表情をすると、悪口の運び屋の瞳孔は開くはずです。

 興味や関心の高い場面に遭遇すると、人の瞳孔は開きます。

 悪口をたまに言う事は問題ありませんが、悪口の運び屋を発見したら金輪際関わらないようにする事が処世術です。