…古典かくあるべき、聞く者にそう思わしめる。伝統の象徴…
…擬古典やるにも、アレを理解するにも、古典のスキルはマスト…
…古典の真髄見抜いてみせる…
…「蟻ん子ォ!!紺足袋をキレイにしろ!!」…
…「あの担当者の男、なんかいけ好かん!!打合せお前やれ!!」…
…「明日の出番までに、この菓子買って来い!!金なら出す!!」「京都でしか買えねぇヤツじゃねえか‥。」…
…「‥確定申告。」「それは弟子に頼む仕事じゃねえっしょ!!」…
『あかね噺』からしの回想です。
♦日本人は噂話は得意だが、話し合いは苦手
仕事の中で「曖昧な事」を少なくしていき、具体的な行動を軸にしたチームを作っていく為には、コミュニケーションが大切になります。
噂話をする必要はありませんが、各々の役割を具体的に、より明確に保つ為、情報交換は欠かせません。
「何となく」ではなく、きちんと話し合う事で、どこからどこまでが誰の担当で、その仕事の責任を負うのかを、明確にしていくのです。
★「この〇〇の件、どうしたらいいですか?」
☆「〇〇さんがこう言っていますけど、これでいいですか?」
★「〇〇さんへの返信は、これでいいですか?」
日本の会社においては、上記のようなオママゴトみたいな光景が、よく見られます。
わからない事を聞く事が必要ですが、上記のような事のみを繰り返していると、思考のコストが偏ったチームの構造になってしまいます。
★「その質問の趣旨は、何ですか?」
☆「具体的にどうしたいのですか?」
部下や同僚から、質問をされた時、その質問が「曖昧」であったのなら、上記のように聞き返してみてください。
日本の場合、部下や同僚から質問があれば、出来るだけ早く答えてあげようとします。
「この〇〇の件、どうしたらいいでしょうか?」等の先の例のように内容が「曖昧」な質問に対しても、すぐに答えを返そうとします。
そうした方が、早く済んで時間効率が良く、相手にとっても親切であると思いがちですが、果たして本当にそうなのでしょうか?
…落語の稽古は、入門して3-4カ月迄、そっからは延々踊りやらの余芸の稽古と、伝統の名の下に押しつけられる修行という名の雑務!!…
…まあ、んな事ぁ分かってた。分かってたけどよォ!!…
…「こんな筈じゃなかった‥か?ええ?蟻ん子ぉ。」…
…「何も言ってねえすけどっ!!」…
…「フン。思いの外、音を上げんなぁ。やりがい搾取だの、文句を垂れそうなものを。」
『あかね噺』からしの回想です。
♦難しい質問をするのは、易しい
これは、質問に答える人だけが、時間と労力を費やすという構造が生じます。
質問する側は、時間と労力という手間を、質問に答える側に、丸投げしているのです。
このような思考のコストが偏ったチームは、長続きしませんし、長期的にみれば非効率的です。
あなたが部下を育てる立場であるのなら、部下の質問に何でも答えるのは、やめましょう。
部下の質問に何でも答える前に、まずは、部下が考える機会を作りましょう。
最初は上手くいかないでしょう。
しかし、これを繰り返すうちに、部下は、自分で行動する事が出来るようになります。
部下が自分で行動する事が出来るようになれば、あなたの負担は減るとともに、部下が数字という結果を残す事が出来る可能性も上がります。
ー「どうしますか?」と質問されたら、あなたはどのように答えますか?ー
…「コレも掴む為なんでしょ。了見ってヤツを。」…
…「だからって、無茶なシゴキで叩き上げるって、前時代過ぎ・合理性0・タイパ最悪・非効率の極み!」…
…「文句なら腐る程ある。でも‥やり切んねぇと掴めないんしょ?」…
…「だからやる。そんだけす。」…
『あかね噺』からしの回想です。
ー「あなたはどう考えていますか?」と、答えますー
それを考える事があなたの仕事であり、それを考え行動に移す事でお金を貰っているんですよね?という共通意識の下で働いていれば、自分で考えないで質問するという選択肢は、最初からないはずです。
ーでは、質問をしてはいけないのですか?ー
そんな事は、ありません。
また、質問を少しダークな使い方をするのであれば、会社で数字という結果も出していないにも関わらず、社内にいる人に、敢えて質問をする事は有効です。
彼ら彼女らは、時間を持て余している為、敢えて質問をしてあげる事で、彼ら彼女らの自尊心を高めてあげ、あなたの評価を上げておくという使い方はあります。
☆「〇〇という方法と▲▲という方法を導入しようと考えており、このような理由から▲▲の方法が良いと私は思いますが、いかがでしょうか?」
★「■■と♢♢の工程を、このような理由で入れ替えようと思いますが、予算とリスクについて相談したいです。」
上記のように、具体的な内容にまとめる所までを自分で考えてから、質問をしましょう。
このように質問が具体化していれば、答える方も、時間と労力を節約する事が出来、チームにおいて、思考のコストの偏りも少なく済みます。
日本人は「一緒に考える」という事を、勘違いしている人が多いです。
「一緒に考える」とは、相手に寄り添いつつも、自分だけが考えるという意味ではありません。
双方が、上記のように「曖昧さ」を少なくしていく努力をし、チームにおいて、思考のコストの偏りを少なくしていく。
これが、成長していくチームであるとともに、長期的に存続するチームの作り方です。