時にNOは、YESよりも大切となる

 イギリスとの戦争に敗れた長州藩は、講和大使として高杉晋作を選びました。  交渉の場に現れたイギリスのクーパー提督は、山口県の南端にある彦島を植民地にしたいと言いました。  これに対し、晋作は烈火の如く怒りました。  晋作は、2年前、上海で、中国が西欧諸国の植民地にされている姿を見たからです。  その劣悪な環境を目にし、晋作は、「このままでは、いずれ日本もこうなる。」と焦りました。  その為、晋作は、この交渉の場において、場合によっては、相手を斬る覚悟で臨みました。  晋作の気迫に圧倒されたクーパー提督は、彦島の植民地化を諦めました。  もし、この時晋作が「NO」を突きつけなけらば、今日の日本の近代化はなかったかもしれません。  皆と仲良くする「YES」も大切ですが、大切なものを守る為には「NO」が必要な場面もあります。  「きっぱりと、心の底から発したNOという言葉は、相手に合わせて、ましてや面倒を避ける為につい言ってしまったYESに比べたら、はるかに価値のある言葉である。」  ガンディーの言葉を、思い出します。