松陰先生

 吉田松陰という人物程、自らの理想のために全力で生きた人は珍しいでしょう。 松陰の故郷、山口県萩市に行くと、びっくりすることがあります。  それは、萩の人達が松陰のことを「松陰先生」と呼ぶことです。 静岡の人は「家康先生」とは呼ばないし、愛知の人も「秀吉先生」「信長先生」等とは呼びません。  おそらく、歴史上の人物で、後世の人に先生と呼ばれているのは、吉田松陰だけではないでしょうか。 安政の大獄にて、松陰は処刑されます。  つまり、松陰は幕末の動乱の入り口で亡くなっています。 しかし、松陰の生徒達が松陰の意思を汲み、明治維新を完成させます。  松陰から学ぶことは多々あります。 そのなかでも、私が松陰の生き方から学んだことは、「知識には行動が伴わなければならない。」ということです。  行動が伴う知識にこそ、説得力が生まれ、人が付いてきます。 ペリーの船に小舟の乗り込もうとした松陰だからこそ、人が付いてきたと言えるのではないでしょうか。