私の中の江戸川乱歩

 

 

 「最初から本音を言えばいいのに。どうして、大人はいちいち隠すの?」

 

  『文豪ストレイドッグス』江戸川乱歩の言葉です。

 

 

 平井太郎は、第2次世界大戦末期、転職を決意します。

 新しい仕事は、戦時中、食料の一元的配給を担った食料営団の福島県支部長でした。

 この転職は、平井が関わっていた翼賛壮年団のコネでした。

 平井は、現在の東京都豊島区に住んでおり、食料営団の豊島区団長でした。

 

 誰もが、食べるに困る時代。

 コネを使っての転職を誰も咎めませんが、平井にとっては、大きな決断でした。

 何故なら、平井の転職は、怪奇小説・少年向け作品で名を馳せた「江戸川乱歩」という名を捨て、平井太郎に戻る事を意味したからです。

 

 

 

 「それだけ?両親も亡くして、仕事もなくして、途方にくれる14歳の少年を前にして。」

 

  『文豪ストレイドッグス』江戸川乱歩の言葉です。

 

 

  ♦学生時代の進路希望は、アメリカでの皿洗い

 

 1849年(明治27年)乱歩は、現在の三重県名張町で、生を受けます。

 実家は、乱歩が生を受けた時には、裕福でしたが、親が事業に失敗した事で、子ども時代は貧乏生活を送ります。

 両親も乱歩が14歳の時に死去。

 子どもながらに働き、苦学して、早稲田大学に進学をします。

 

 乱歩は、学生時代から、探偵小説を好んでいましたが、作家になろうとは考えていませんでした。

 否、日本で作家になろうとは考えていませんでした。

 乱歩の学生時代の進路希望は、アメリカでの皿洗いでした。

 

 乱歩は、アメリカに渡り、皿洗いをしながら、英語を学び、アメリカで作家になろうと考えていました。

 スケールが大き過ぎて、令和の時代を生きる私達からしても、よくわからない人生設計です。

 

 

 …アメリカへ渡って、英文を学んで、探偵小説を書こうというのも、半分以上お金の誘惑であった…

 …当時の日本の小説家の原稿料というものは、今とは比べものにならないくらい低廉であった。小説なんかでは、飯が食えないというのが常識であった…

  乱歩の手記です。

 

 

 ー文学は好きだが、金にならないなら、やらないー

 乱歩は、こんなリアリストだったのです。

 

 アメリカに渡る事は、旅費が集まらず、断念します。

 大学の研究職を志す時期もありましたが、これも断念し、実業の世界で一旗揚げようと決意します。

 

 

 大学卒業後の1916年(大正5年)同郷の政治家である川崎克の紹介で、大阪の貿易会社に、就職をします。

 月給は、20円。

 当時、大学卒の初任給は20円だった為、可もなく不可もない給料でした。

 

 会社に所属しているだけで、給料も賞与も貰う事が出来る時代。

 これまで、お金もなく、女性経験もなかった若者が、お金を持つ事で、道を誤ります。

 無断で会社を休みだし、旅行を重ね、乱歩は、1年あまりで、大阪の貿易会社を退職します。

 

 その後の人生にも、乱歩の放浪癖は、ずっと付き纏います。

 大正時代の好景気も追い風となってか、貿易会社を1年で辞めた乱歩は、30歳になるまでに、10回以上転職を繰り返します。

 つまり、稀代の小説家は、働く事が出来ない人だったのです。

 

 

 

 「も~僕、興味のない話は、耳に入らないんだよね。全部、牛の鳴き声に聞こえる。」

 

『僕、興味のない話は頭に入らないんだよね〜。全部牛の鳴き声に聞こえる。』江戸川乱歩

 

  『文豪ストレイドッグス』江戸川乱歩の言葉です。

 

 

  ♦ニートの希望、江戸川乱歩

 

  ★造船所社員

  ☆古本屋経営

  ★雑誌編集者

  ☆東京都職員

  ★新聞記者

  ☆化粧品会社社員

  ★弁護士補助

  ☆活版印刷工

 

 乱歩の職歴を見ると、職業図鑑が出来そうです。

 

 ー妄想癖がある為、妄想する時間がない仕事には、耐えれないー

 ー暇でも、決まりきった毎日だと、飽きてしまうー

 ー朝、起きられないー

 

 全国70万人のニートに、希望を与えるような乱歩の人生です。

 

 

 古本屋経営が行き詰まった時には、ラーメンの屋台をひきました。

 10円売れば、7円儲かる。

 利益率の高い商売でしたが、乱歩は、続けられません。

 

 …冬の深夜の商売なので、長続きせず、ほんの半月ほどでやめてしまったが、そういう貧窮のなかに、私は結婚したのである…

 乱歩の手記です。

 

 ここで、結婚とは、あまりにも無計画過ぎます。

 否、若さとは、無謀・無計画なものです。

 

 皆さんも、自分の子どもや、そのパートナーが、転職を繰り返したり、お金がないにも関わらず結婚の話をしたとしても、いきなり否定するのはやめた方がいいかもしれません。

 源内先生も、土方歳三も、坂本龍馬も、20代の時には、何者でもなく、仕事にも就かず、放浪をしていました。

 これは、私の持論ですが、少年が青年となり、1人の男になるには、20代の時に、放浪をする時間が、必要であると考えています。

 

 当然、生活は、行き詰まります。

 困った乱歩は、再び、川崎に泣きつきます。

 乱歩の10数回の転職のうち、半分は、川崎の紹介です。

 

 乱歩の面の皮が厚いのか、川崎の面倒見が良いのか、最終的に世に出る人というのは、そのような「運」を持ち併せています。

 

 

 

 「最初からわかっていた。一般人は、異能力者には勝てない。」

 「それでも、僕は、君を倒す。なぜなら、仲間が、僕を無敵だと思っているから。」

 

『一般人は異能力者には勝てない。それでも僕は君を倒す。なぜなら、仲間が僕を無敵だと思っているから。』江戸川乱歩

  

  『文豪ストレイドッグス』江戸川乱歩の言葉です。

 

 

  ♦失業期間中に、小説を書き始める

 

 職を転々としているから、40歳くらいになったと思いますが、この時、乱歩は、まだ27歳です。

 職を転々としている間の失業期間に、乱歩は、小説を書き始めます。

 

 変な所でリアリストであった乱歩は「雑誌に海外の探偵小説が記載され、日本にも探偵小説の時代がくると立ち上がった。」と記しています。

 書き上げた小説を、乱歩は探偵小説に造詣の深い評論家に送りますが、待てど暮らせど、返事がきません。

 

 この続きは、また後程。