私の中の源内4ー空飛ぶ源内

 

 

  「本ってなあ、人を笑わせたり泣かせたりできるじゃねえか。」

 

  「んな本に出会えてたら人は思うさ『ああ今日はツイてた』って。」

 

 

大河べらぼう】平賀源内役・安田顕さんインタビュー「源内は悲劇を喜劇としてとらえる人」「月曜にがんばれるドラマ」 – 美術展ナビ

 

  

  「本屋ってなあ随分人にツキを与えられるもんだって俺は思うけどね。」

 

 

 

  『べらぼう』源内先生の言葉です。

 

 

 

 

  ♦恋川春町から吾峠呼世晴へ、漫画とは日本史である

①江戸時代:黄表紙の登場 1770年代

黄表紙=大人向けの絵入り読み物

  • 内容は風刺・パロディ・軽いストーリー

  • 絵と文がほぼ同じくらいの重要度

  • 江戸の町民文化の「笑い」「風刺」の中心的な読み物だった

代表作:恋川春町『金々先生栄花夢』
▶ キャラが立っていて、コマ割りはないが視覚的にストーリーを追う楽しさが強かった


② 江戸後期:合巻(ごうかん)へ進化 1800年代

  • 黄表紙が発展して長編ストーリーへ

  • 絵の比率が増え、より劇的で視覚的に

  • 「自由な表現」「キャラの活躍」など、漫画の原型に近い

絵師例:歌川国芳…動きの表現が神レベル


③ 明治時代:近代的漫画の形が登場 1870〜1900年代

  • 西洋の風刺画が日本に入る

  • 新聞・雑誌で「漫画」という言葉も普及

  • コマ割り・吹き出し・連続したストーリー表現が少しずつ生まれる

代表者

  • 北沢楽天(日本初の職業漫画家)

  • 橋口五葉、杉浦非水など挿絵文化も発展


④ 大正〜昭和初期:ストーリー漫画の基盤が完成 1920〜40年代

  • 子ども向け雑誌で漫画文化が広まる

  • コマ割りやキャラクター表現が安定

  • 劇画・少女漫画の種が生まれる

作家例

  • のらくろ(田河水泡)

  • 阪神間の少女雑誌で戦前少女漫画が誕生


⑤ 戦後:漫画の革命 1947〜1950年代

ここで漫画が一気に現代へ!

手塚治虫の登場

  • 映画的構図

  • コマ割りのテンポ

  • 長編物語

  • 劇的演出

これにより「漫画=子供の絵本」から
**「漫画=ドラマ・映画のような総合芸術」**へ変化

代表作:手塚治虫『鉄腕アトム』長谷川町子『サザエさん』


⑥ ジャンプ・マガジン時代 1960~1980年代

  • 少年漫画の黄金期

  • バトル漫画、スポ根、恋愛、SFなどジャンルが拡大

  • キャラクターの“成長物語”が中心へ

  • 代表作:鳥山明『DORAGONBALL』ちばてつや『明日のジョー』

⑦ 現代:世界の文化へ(1990〜現在)

  • アニメと連動して世界的ブーム

  • ネット漫画・スマホ漫画

  • コマの読み方や表現が多様化

代表作:尾田栄一郎『ONEPIECE』吾峠呼世晴『鬼滅の刃』

 

 

 

 

 

  「お前さんはよ、書を以って世を耕し、この日の本を、もっと豊かな国にすんだよ。」

 

 

大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」出演者発表【平賀源内役 安田顕さん】 - NHK

 

 

  大河ドラマ『べらぼう』源内先生の言葉です。

 

 

 

 

  ♦推しに逢う事を、旅と言う

 

 

  杉田玄白→喜三二→太田南畝

 

 推しに逢う旅を繰り返していく中で、蔦重は、蔦重に戻ってきます。

 

 否、不幸や否定・別れを乗り越えた男は、以前よりも男っぷりが上がる事が、約束されています。

 

 

 

 蔦重が、源内を探す旅において、次に逢った推しは、三浦庄司。

 

 三浦は、田沼意次の側近です。

 

 

 

  「血は争えぬとはよく言ったもの。息をするように政の話をなさる。」

 

大河「べらぼう」第17回 「往来物」に目を付ける蔦重 意次は相良城落成でお国入りする 5月4日放送「乱れ咲き往来の桜」 - 産経ニュース

  『べらぼう』三浦の言葉です。

 

 

 

 

 三浦は農民出身でありながら、意次に才を認められ、幕府政治の中枢にまで昇り詰めた男でもあります。

 

 三浦の出世は当時では異例であり、付いていく男の選択が、その人の人生を大きく変える可能性がある事を、後世に教えてくれます。

 

 現代に置き換えるのであれば、結婚するパートナーや一緒に働く上司等の選択が、あなたの人生を大きく変えるという所でしょうか。

 

 

 意次の失脚後、三浦は、意次が治めていた相良で牢獄に入れられます。

 

 その後、浪人になった事までは記録されていますが、浪人となりどのような生活をしていたのかは、記録されていません。

 

 一説では、三浦は、意次時代に貯めた膨大な財産があった為、浪人でありながら、豊かな生活を送っていたともされています。

 

 

 

 

 

  「自由に生きるってのは、そういうもんでさ。世の中には、人を縛る色んな理屈があるじゃねえか。」

 

  「親とか、生まれとか、家とか、義理人情。けど、そんなものは顧みずに、自らの思いによってのみ生きる。」

 

 

蔦重も平賀源内の「発明」か、先見の明の凄さ【べらぼう】 » Lmaga.jp

 

 

  「わがままに生きるって事を、自由に生きるって言うのよ。わがまま通しちまったんだから、きついのは仕方ねえよ。」

 

 

  『べらぼう』源内先生の言葉です。

 

 

 

 

 三浦と逢った直後、蔦重の下にある本が届きます。

 

 源内本人が書いたとしか考えられない戯作「一人遣傀儡石橋ひとりつかいくぐつのしゃっきょう」が耕書堂へ何者かによって届けられ、耕書堂へ何者かによって届けられたのです。

 

 

 「源内先生が生きている」と確信した蔦重は、本とともに置かれていた待ち合わせ場所に、走ります。

 

 しかし、ここで蔦重が、目にした光景は、意外なものでした。

 

 

 

  「我らはその者(治済)の傀儡くぐつ(あやつり人形)とされ、弄ばれていたとも言える。」

 

【大河ドラマべらぼう】第44回ダイジェスト「空飛ぶ源内」| NHK

 

  「ゆえに此度、宿怨を越えて、共に仇を討つべく手を組むことになった。蔦屋重三郎、我らと共に敵を討たぬか。そなたとて心ひとつであろう。」

 

 

  『べらぼう』松平定信の言葉です。

 

 

 

 

 蔦重の選択はいかに?

 

 

 『べらぼう空飛ぶ源内』回は、大河史に残る神回となりました。

 

 史実では、このようなアベンジャーズは起こっておらず、一橋治済(はるさだ)は復讐に苦しむ事もありません。

 

 治済の一橋ファーストのつけが回るのは、約50年後の幕末です。

 

 

 しかし『べらぼう』ファンとしては、ドラマという事で多少史実を曲げても、治済に一矢報いる姿を観たいものです。